第7話 グロリア

グロリア=ユグドラシルが外の世界に興味を持ったのは月に一度だけやってくる人間の商人が持ってきた本に書かれた英雄譚がきっかけだった。

 500年前に異世界から来たというチー牛をなのる英雄はチート能力というものを使って、人やエルフ、ドワーフたちが苦戦していた魔王をあっという間に倒したそうだ。

 そして、魔王を倒した彼は仲間だったエルフの少女と共に放浪の旅に出て、最終的に二人は結ばれてこのエルフの里で余生をすごしたのだ。

 だからだろう、興味を持ったグロリアが英雄について聞けば その英雄の話はいくらでも知ることができた。人間にとっては五百年は長くても、平均寿命が五百年から六百年のエルフからすれば、一つ上の代の話であり、実際に彼と交流のあったエルフも生存していたのだから。

 


 その英雄はエルフとは違い短命でありながらも、革新的な発明をしたらしい。

 その英雄いわく外の世界には永久に凍てついた大地や、世界樹と呼ばれた巨大な樹木があるらしい。

 その英雄いわく外の世界には獣の肉に様々な方法で調理したり、様々な調味料をつかった料理があるらしい。



「外の世界はどんなものなのだろう?」



 話を聞けば聞くほど彼の旅をした世界というものが……人間やドワーフという異種族たちが織り成す世界が気になった。

 彼女は英雄の物語を聞いて外の世界を知りたいと思うようになったのだ。それはエルフの里にいるだけでは決して味わうことのできない刺激である。 

 そして……これは誰にも言っていないけれど、自分も気の合う人と世界を放浪し、チー牛と結ばれたエルフの少女のようになってみたいなどと年相応の夢をもったのだ。

 


「じゃあ、行ってくる。二百年もしたら戻って来る」

「ああ、いっておいで……つらいことがあったらすぐに帰ってきていいからね」



 夢のために魔法や剣技を鍛え、成人となったグロリアはやたらと心配する両親に苦笑しながら外の世界へと旅立った。そして冒険者になったところでなぜ彼らがあんなに心配するのかの理由がわかった。


「ごめん、エルフってよくわからないし、パーティーを組むのはちょっと……」

「色々なところを旅する? 勝手にしなさいよ。私はお金が稼げればどうでもいいの」


 人とエルフという種族の違い、そして、多くの者はお金や地位、名誉を目的として冒険者をしており、グロリアの目的を話すと鼻で笑われることもしょっちゅうだった。

 しかたなく、ソロで数年冒険者をしながら旅をしたが珍しい景色も、美味しいはずの料理もなぜか彼女の心をゆさぶることはなかった。もう、エルフの里に戻ろうかと思った時だった。



「ねえ……あなたは腕を立つ魔法剣士なのよね? いろいろな世界を見るために冒険者になったんだけど、旅慣れてなくて……よかったら私たちと組んでくれないかしら?」



 冒険者ギルドでいつものように一人で食事をしていると十五歳くらいの少女に声をかけられたのだ。



「別にかまわないが……私はエルフだぞ」

「ええ、私エルフって初めて見たわ。素敵じゃない」



 そう言ってほほ笑んだ彼女の笑顔にグロリアが自分の心の冷たい部分が溶かされていくように感じた。

 それがリリーとの出会いだった。彼女とその仲間の少女たちは田舎の村に飽き飽きして冒険者になったらしい。

 はじめて一緒にクエストをして、はじめて打ち上げと称してギルドで飲み食いをした時に食べた料理がなぜかいつもより美味しかったのを覚えている。

 そして、グロリアは不幸な事故によってパーティーメンバーの一人が命を落とすまでの十年間を彼女たちとともにパーティーを組んで旅をしたのだった。



「ああ、やっぱり外の世界に来て楽しかった……」



 つらいこともあったけど楽しいこともたくさんあった。だから、私はまだ冒険を続けよう。また私をたのしませてくれることがおきることを願って……


 グロリアは彼女たちとの思い出を糧に冒険者を続けては定期的に会いに行っていた。人の寿命は短い……だから、半年に一度は必ず顔を見ることにしていたのである。

 そして、今回もリリーの宿に泊まりにいくと、彼女が病におかされており、エリクシルがないと治らないのだと、マリーに泣きつかれたグロリアは必死になって探すのだった。

 近くで戦争があったせいか市場にエリクシルが出回っていなかったことと、鑑定スキルをもっている友人もいないため、強引な方法でエリクシルを探している時にシンジに出会った。



「くっ……人間か? 一体何の用だ。弱っている私を馬鹿に……」

「うおおお、生エルフだぁぁぁぁ!! その耳ってどうなってるの? 魔法とか使えるの? やっぱり肉よりも野菜しか食べないの? じゃなかった。大丈夫? 俺に力になれることはあるかな?」



 長年の冒険者生活で身内以外の人間には警戒するようになったグロリアだったが、彼の瞳にうつる好奇心と歓喜に満ちた瞳が初めて会った時のリリーと、かぶって見えたのは気のせいだろうか?

 いきなり耳を触らせてほしいなんてハレンチなことを言った彼に警戒したグロリアだったが、彼のおかげで無事エリクシルを入手することができた。話した時間は短かったけど、彼からはエルフへの偏見を感じることはなく、むしろ嬉しそうに話してくれ、彼との時間は心地よいものだった。

 そして、リリーにエリクシルを与えると体調はあっという間によくなっていった。

 だが、シンジのことを話したのは失敗だったと思う。



「ふーん、あの男嫌いのグロリアがそんなに褒めるなんてシンジさんって素敵なの人なのね」

「べ、べつにそういうわけじゃない!! 確かにあいつは他の男とは違って、私に壁を作ったりはしないし、いきなり『耳をさわらせて』などといったこと以外はまともだったが……」



 他の人間は……特に男はグロリアを見るときに明らかに異質なものをみてくる。彼女はその視線が苦手だった。まるでお前は自分とは違うんだといわれているみたいだからだ。



「いや、それはあなたが美しすぎるからなんだけど……」

「私はエルフとしては平均的な顔立ちだが……?」

「まあいいわ。それよりも……グロリアは耳を触らせてあげてもいいって思ったのよね?」

「ああ……彼のおかげでリリーが助かったんだ。そんなに触りたいのならばお礼として少しくらいならば触らせてもいいと思っている」



 エルフにとって耳は大切な部位であり、親しい人にしか触らせない。人間で言うと手をつなぐ以上、キス未満といったところである。

 ましてや異性に触らせろなどどいうのは告白のようなものと取られても叱しかたないのである。



「ふーん、やっとグロリアにも春が来たのね。だったら私に任せて!! 素材はいいんですもの。そのシンジ君っていうのをメロメロにさせちゃいましょう」

「何を言っている? 私はあくまでお礼としてだな……というか病み上がりなのに、そんな風に動いていいのか?」

「元冒険者をなめないで! それに親友が久々に楽しそうな顔をしているんですもの。助けさせないさよ!!」



 そんなこんなで強制的にオシャレをさせられて、シンジと冒険者ギルドであうことにした。わざわざ個室を選んだのは他人に耳を触らせるのを見られるのが恥ずかしかったからだったのだが……



「実は俺は異世界から来た人間で、エルフにとって耳がそんなに大事なものだとはしらなかったんですぅぅぅ」

「なっ……」



 といわれグロリアはほっとしたような残念なような不思議な気持ちに襲われた。そして、詳しい話を聞いていくうちにシンジにどんどん親近感をわいてくることになる。

 転生者特有の強力なチートスキルを持ちながら彼が地位や名誉を得るためではなく世界を見るためにその力を使うという。

 その生き方は……グロリアが望んでいる生き方と同じで……彼女があこがれている英雄譚のような関係を彼と築けるのではとおもって、気づきたら「一緒に旅をしないか」と口に出していた。

 そして、宿に帰ったグロリアは案の定リリーにからかわれるのだが、不思議なことにまったく嫌な気持ちにならなかったのだった。



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