22 朝

「…………」


 眩しい日差し……。そして、ぐっすり眠ったようなこの気分。

 どうやら、春川さんの部屋で一緒に寝たみたいだ。

 まだ目を開けてないけど、誰かに抱きしめられてるようなこの感覚……これはやばすぎる。昨日、そんなに「耐えろ」って自分に言っておいたのに、結局……寝落ちしてしまったのか、俺は……。


「ううん……。渚くん、おはよう……」

「おはようございます……」

「起きてたんだ……。ふふっ」


 そう言いながらさりげなく俺に抱きつく春川さん、なんだろうこの距離感。

 そして、俺は一つの疑問を抱いた。


「春川さん」

「うん?」

「どうして、俺……シャツを脱いでるんですか?」

「えっと……、なんか暑そうに見えてね。脱がしちゃったよ」

「へえ、ありがとうご———じゃない! そんな恥ずかしいことを堂々と言わないでください!」

「えっ? そうなの? でも、聞いたのは渚くんだよ……?」

「それはそうですけど……」

「私は温かくて気持ちよかった。ふふっ」


 一言言ってあげたかったけど、春川さんの笑顔を見て何も言えない俺だった。

 それにさっきからずっと手を繋いてだし、昨夜……一体何が起こったんだろう。聞くのが怖い。どこから話せばいいのか分からない。今は春川さんと同じベッドにいるこの状況がすごく恥ずかしかった。


 そして、雰囲気も変だよぉ!


「昨日、一緒にいてくれてありがと。渚くん……」

「い、いいえ。心配になったんで……」

「私に何かあったらまた……そばにいてくれるよね?」

「当たり前です! 春川さんは……その、俺の……大切な人ですから!」

「ふふっ。うん!」


 笑みを浮かべる春川さんを見て、ホッとした。


「じゃあ、朝ご飯食べ———」

「愛莉、入るよ」


 姉ちゃんの声が聞こえて、すぐ椅子に置いているシャツに手を伸ばしたけど、バレてしまった。それよりノックもしないなんて、姉ちゃんマナーがないな……! 昨日はちゃんとノックをしたくせに、なんで今は何気なく扉を開けるんだよぉ。


「…………」


 シャツに手を伸ばしたまま姉ちゃんと目が合ってしまう。

 しばらく静寂が流れた。


「あ、邪魔したのか? ごめん」

「ううん〜。渚くんが朝ご飯作ってくれるって」

「そう? 朝ご飯なら私が作っておいたよ」

「そうなの? ありがと〜」


 ……


 ただ……、ただご飯を食べてるだけなのに、すごく緊張してる。

 それに空気が重い。


「ところで、渚」

「どうした、姉ちゃん」


 変なことはしてないから、あれは聞かないで。頼む。


「愛莉は温かった?」

「…………」

「凛花、また変なことを聞いてる〜」

「渚が愛莉とくっついて寝てたからね」

「それは、渚くんに抱きしめられただけだよ」

「俺、そんなことしてないんですけど……」

「確かに、渚の寝癖は可愛いよね。幼い頃にはいつも私に抱きついて、一緒に寝ようとか言ってたし」


 なんの話だ。姉ちゃんと春川さんは一体なんの話をしてるんだ……?

 じゃあ、寝落ちした後……、俺が春川さんを抱きしめたってことか。全然思い出せない。それより、幼い頃の話はしなくてもいいのに……。俺はただ……春川さんのことが心配になって、部屋に入っただけだ。


 一人になった時の寂しさを知っているから。


「私も分かる〜。可愛すぎて……、すっごく気持ちよかったよ!」

「…………」

「まったく……、心配させないで。愛莉」

「へへっ、ごめんね。あの人が急に現れて、ちょっと……」


 どうやら、俺が寝ている間に二人で話をしたみたいだ。


「渚、どうした?」

「えっ? な、何が?」

「さっきから顔が真っ赤になってて、恥ずかしいのか?」

「な、なんの話だ! みそ汁が熱くて……、そ、そんなこと考えてねぇよ!」

「でもね、渚くんがいなかったら私立ち直れなかったかもしれない! ありがと!」

「は、はい……」


 春川さんの前でなぜか感情のコントロールが全然できない。

 思春期の男だからか。

 目が合っただけでドキッとしてしまう……。


「そして、愛莉も」

「う———っ? どうひは……?」


 頬を引っ張る姉ちゃんが春川さんをじっと見つめる。

 怖っ。


「それより、思春期の渚に何をしたんだ。愛莉」

「ええ……、それは偶然……」

「ぐう〜ぜん〜? 本当に……?」

「イタタタッ! りんはあ……! あたしが悪いから!」

「まったく……」

「えへへっ」


 よく分からない話をしている二人だった。


「姉ちゃん、なんの話だ?」

「渚はさっさと学校に行け」

「はい」


 聞いて損した。

 そして、制服に着替える時、俺は胸元にできた赤い痕に気づく。


「なんだろう、これ」


 いつこんなのができたのか分からない、普段から全然気にしてなかったからな。

 でも、ちょっと恥ずかしいなと思っていた。


 ……


 一方、食卓でご飯を食べる二人。


「愛莉……、渚に慰められて気持ちよかった?」

「へへっ、すっごく……!」

「だから、キスマークを残したのか?」

「キスはできないから……仕方ないじゃん。それに、バレないところに残したから問題ないと思う!」

「…………愛莉」

「渚くんがね、あの人の前で私のこと彼女って呼んでくれたよ。私のことを、彼女って……」

「へえ……、あの渚が?」

「でしょ〜? そんな渚くんがそばで寝てるから……、可愛すぎて、耐えられなくてね! うう———っ! 我慢できなかったよ……」

「…………はあ」

「どうせ、渚くんはそれがなんなのか知らないから。心配しないで、あはは……」


 じっと愛莉を見つめる凛花。


「ごめんなさい……」

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