13 夏祭り③

 すぐそばに春川さんがいて、花火……全然気にしていなかった。

 繋いだこの手……、離したくないこの手。温かい春川さんの手。

 周りの人たちが綺麗な花火を見て盛り上がる時、俺だけずっと春川さんのことを見ていた。初恋の相手と……こうやって夏祭りに行くのも悪くないな……と。子供みたいな顔をしている春川さんを見て、俺はそう思っていた。


 この気持ちはまだ伝えないけどな。


「りんご飴!」

「あ、食べます?」

「うん!」


 それにしても、春川さんの団子頭……めっちゃ可愛いな。

 そして、さっきからニコニコしてるし。夏祭り楽しんでるね、よかった。


「あーん」

「い、いいですよ!」

「あーん」

「…………」


 忘れていた。春川さんもいろんな意味で話が通じない人だったのを。

 まさか、食べかけのりんご飴を食べさせるなんて。なんでしょっちゅう間接キスをしようとしてるんだよ……! それもあるけど、りんご飴の色と……春川さんのリップの色が一緒。赤い……、どっちも赤い……。緊張して、りんご飴食べられない。


 てか、何を見てるんだ。俺!


「どうしたの? 渚くん」

「い、いいえ。ちょっと……暑いですね」

「そう……? 風吹いてきて、涼しくなったと思うけど…………」

「は、はい」


 そんなこと堂々と言えるわけないだろ。


「美味しい?」

「はい……」

「ふふっ。なんか不思議……!」

「何がですか?」

「渚くんと歩き回るだけなのに、テンションが上がる……! すっごく楽しくて! 最高だよ! へへっ」


 まずい、可愛すぎる。


「そうだ! 一緒に写真撮らない? せっかく、ここまできたから!」

「いいですか? 俺と写真を撮っても?」

「何言ってんのよ! 当たり前でしょ? 一緒に撮ろう!」

「はい!」


 写真……、写真を撮るのは楽しいこと。思い出を作る方法の一つ。

 それはいいけど、どうして俺たち……頬をくっつけてるんだろう。


「撮るよ〜」

「…………」


 一応ピースはしたけど……、頬をくっつける理由はどこに?

 そして、俺たちまだ付き合ってないから、この距離感もやばくね?


「おお! 渚くん、可愛い!」

「は、はい……」


 女子と写真を撮ったことない俺に、いきなり写真を撮るのは難しいことだった。

 でも、春川さんとこんな風に写真を撮るのも悪くないと思う。思い出になるし、それに写真の中にいる春川さん……その笑顔が可愛すぎて、思わず「俺にも送ってください!」と言うところだった。


 まあ、春川さんが楽しいならそれでいいと思う。

 まさか、ラ〇ンのプロフにしたりしないよな……。あはは、まさか……。


「じゃあ、これプロフにしよっか。夏祭り、渚くんと……って」

「ちょ! ちょっと待ってください! そんなことしてもいいんですか?」

「えっ? ダメなの?」

「えっと……」

「あっ、渚くんも写ってるから……ダメだよね? ごめん……」


 まだ何も言ってないのに、落ち込んでしまうと言いづらいですよ。春川さん……。


「まだダメって言ってないんですけど……、ただ……他人に見られるかもしれないから。春川さんは……高校時代から人気者だったし……。俺と撮った写真をプロフにしたら、きっと面倒臭いことが起こると思います! だから、俺の顔にスタンプ貼ってください!」

「いいよ、この写真消すから…………」

「えっ? ええ! ど、どうしてですか?」

「渚くんの顔にスタンプ貼ったら、写真撮った意味ないんでしょ? 私は! 大切な人と夏祭りに来たのが嬉しくて写真を撮ったの! なのに、その大切な人の顔をスタンプで隠すなんて、できるわけないでしょ? それに! 私そんなにモテる人じゃないから気にしなくてもいいよ! 友達、凛花しかいないから!」


 早い、それに怒ってる……。


「す、すみません……」

「いいよ、謝らなくても。私が勝手にプロフにしようとしただけだから」

「あの……! 春川さんが気にしないなら、俺もそんなこと気にしません。そして、俺も……春川さんと姉ちゃんしかいませんから」

「いいの?」

「はい」

「じゃあ、渚くんもこの写真プロフにしよう!」

「えっ? 俺もですか?」

「さっき気にしないって言ったでしょ?」

「ああ、はい。そうします」


 隣のベンチに座ってスマホをいじる二人、俺は春川さんが送ってくれたその写真をラ〇ンのプロフにした。

 すると、そばにいる春川さんがくすくすと笑う。


「見て、一緒だよ!」

「は、はい……。なんか、恥ずかしいですね……。これ」

「そうなの? ふふっ」

「はい……」

「私はいいと思う!」

「はい……」


 まあ、これもいい思い出になるんだろう。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか!」

「はい」

「あっ……。ちょ、ちょっと! 渚くん」

「はい? どうしました?」

「私、足が痛くて……歩けない」

「えっ?」


 そういえば、けっこう歩いてたよな……。

 春川さんの足を確認したら、鼻緒ずれで真っ赤になっていた。

 これは……歩きづらいかも。


「じゃあ、家までおんぶしてあげます」

「い、いいの!? 家までけっこう遠いと思うけど……」

「俺、そんなに弱くないですよ?」

「う、うん……。よろしく……」


 片手で下駄を持って、春川さんを背負う。

 そのまま家まで歩いていた。


「…………」


 周りの静かな雰囲気と先からじっとしている春川さん。

 俺は、何を言えばいいのか分からなかった。


「渚くん、私……重くないの?」

「えっ? 重くないですよ」

「そう?」

「はい」

「ねえ……、夏祭り楽しかったよね? 花火も綺麗だったし、りんご飴も美味しかったし!」

「はい……。そうですね」


 後ろから聞こえる春川さんの声、ドキドキする。


「来年も一緒に行かない? 渚くん」

「はい。行きましょう。来年も……」

「うん!」


 まあ、あっちでいろいろやってた気がするけど……、思い出せるのは春川さんの可愛い横顔だけだった。

 花火も全然見てないしな。


「夜空綺麗〜。ふふっ」


 ……


 静かな居間、一人で映画を見ていた凛花がスマホをいじる。


「やるじゃん、渚。いや、これは愛莉か……? あのバカにこんなことできるわけないから……」


 二人のプロフを見て微笑む凛花だった。

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