12 夏祭り②

 賑やかだ。

 今日が夏祭りだからか……、繋いだこの手を離したら永遠に春川さんと会えないかもしれない。そう思われるほど、人がたくさんいた。昔……、姉ちゃんと一緒に来たことあるけど、あの時は小学生だったからこんなに人がたくさんいるとは思わなかった。


 てか、今はそんなことより。

 今日、春川さん浴衣を着たのに……! 人が多すぎてゆっくり見る時間がない。


「うう……、渚くん! どこ?」

「後ろにいます。春川さん」

「人多いよね……」

「そうですね。それより、春川さん何か飲みます?」

「うん!」


 隣のベンチに座って、しばらく春川さんとソーダを飲んでいた。

 てか、歩くだけで疲れるなんて、やっぱり夏祭りはすごいな。


「あのね。渚くん」

「はい。春川さん」

「まだ……感想聞いてないけど? 浴衣の…………」


 来た。


「…………えっと」

「これ、凛花と一緒に買ったけど……。どう……? 似合う?」


 持っていたソーダを下ろして、じっと俺を見つめる春川さん。

 今日……メイクもそうだし、髪型もそうだし、力……入れすぎじゃないのか。俺と夏祭りに行くだけなのに、そんなに力入れる必要あるのか……? すごくドキドキしていた。それに、その薄桃色の浴衣もすごく可愛いから、まるでデートをしてるような気がする。


 俺が……春川さんと!

 くっそ、今ここで笑ってしまったら絶対変態って誤解される! 我慢だ、望月渚。


「…………」


 じっとする渚とそばで首を傾げる愛莉。


「ねえ、やっぱり……私には似合わないのかな? こんな派手な浴衣は」

「いいえ! めっちゃ可愛いですよ?」

「そう? じゃあ、なんでさっき悩んでたの?」

「それは……可愛いって言ったら変態って言われるかもしれないと思って……」

「そんなこと言わないよ? でも、凛花ならそう言うかもしれないね」

「あ、そうだ。姉ちゃん、今何してます?」

「家で映画を観るって。あんな人が多いところは行きたくないよって言われたよ」

「さすが……姉ちゃん」


 そして、さっきからいい匂いがする。

 それは春川さんの匂い、なぜか顔がだんだん熱くなっていた。意識しすぎ、春川さんは女子だから香水をつけるのは当たり前のことなのに、勝手にドキッとしてどうするんだ。でも……、いつもと違う香りだったから少し気になる。


 家にいる時と違う。

 てか、俺めっちゃ気持ち悪くね!? 春川さんの匂いを覚えてるなんて。


「ねえ、そろそろ花火見に行かない?」

「はい。行きましょう」


 そして、ベンチから立ち上がる時、そばにいる春川さんが俺の腕を掴んだ。


「春川さん? どうしました?」

「あの……。せ、せっかくだし……、それに……人も多いから、手を繋ぎたいっていうか。えっと…………、ダメかな? 手……」


 神様、マジですか。

 春川さんの方から「手を繋ぎたい」って、こんなこと……あってもいいですか?

 確かに、さっきも春川さんと手を繋いでたけど、それは……人が多かったから仕方がないことだった。でも、今は……春川さんの方から手を繋ごうって。まるで、付き合ってるような……状況。どこに目を置けばいいのか分からなくて、すぐ目を逸らしてしまった。


「は、はい……」


 めっちゃ恥ずかしい、ただ手を繋ぐだけなのに……なんでこんなに恥ずかしいんだろう。


「…………」

「…………」


 そして、春川さん……手を繋いでから口数が減ってしまった。

 これって、春川さんも意識してるってことかな……? 分からない。女子経験の少ない俺に……春川さんが今何を考えているのか、これからどうすればいいのか、それを考えるのがとても難しかった。


 でも、興味もない人にこんなこと言うわけないから。

 いや、違う! 俺……春川さんには弟みたいな存在だから、あまり気にしてないかもしれない。家にいる時もそうだったし、どっちなのか聞いてみたかったけど、二人ともさっきから何も言わず黙々と歩くだけだった。


 でも、春川さんの方から指を絡めてくるから……。

 これはなんだろうとずっとそれだけを考えていた。


 そして、ヒューという笛の音が聞こえる。


「…………」

「綺麗……」

「そうですね」


 綺麗……、それは花火ではなく……春川さんだとそう言ってあげたかった。

 夜空を眺めている春川さん、俺はそばからその横顔を見ていた。中学生の時も、姉ちゃんと話す春川さんを……ちらっと見ていた。一目惚れしてしまったから、好きになってしまったから、気持ち悪いかもしれないけど……。俺の中にいつの間にか春川さんがいた。


 それより、どうして……手を離さないんだろう。


「私……、誰かとこうやって花火を見るの初めてだよ」

「えっ? 嘘……。春川さんがですか? ええ……」

「嘘に聞こえるかもしれないけど、私ね。友達、隣家しかいないから……。クラスのみんなが楽しい思い出を作る時、私は凛花と勉強をするだけだったよ」


 まあ、良い大学に行きたかったのは分かるけど、ひどいね。姉ちゃん。

 そういえば、姉ちゃん……人が多い場所嫌いだったよな。


「はい……」

「花火、綺麗。そして、それを渚くんと一緒に見て……すごく楽しい」

「…………」


 いや、そんなことを言ったら……俺の方が困りますけどぉ……。

 しかも、春川さんの笑顔……めっちゃやばい。可愛すぎて、精一杯自分の気持ちを抑えていた。


「俺も……、俺も……春川さんと花火を見てすごく楽しいです」

「ふふっ、うん! 綺麗だよね? 渚くん」

「はい……」


 すごく……、綺麗です。

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