10 夏祭り

 夏祭りが始まる一日前、近所のスーパーで春川さんと一緒に買い物をしていた。

 わざわざ来てくれなくてもいいのに、どうしても一緒に買い物がしたいって言われて、今……すぐそばでネギを見ている。なぜ、じっとネギを見ているのかは分からないけど、春川さん……ネギで何か作りたかったのかな……?


 ネギを見て、いつもより真剣な顔をしている。


「渚くん……。ネギ買おう! 今日の夕飯は私が作りたい!」

「へえ……。じゃあ、買いましょう」

「うん!」

「あの……、春川さん。ネギ食べたかったんですか?」

「えっ? べ、別に…………。あの……、いや! やっぱり、なんでもない!」「は、はい……」


 春川さん……たまにこうやって俺のそばでぼーっとするけど。

 もしかして、悩みでもあるのかな? いつも明るい顔で俺をからかう人が最近……俺のことを避けている。気のせいかもしれないけど、姉ちゃんをベッドに運んであげたあの日から口数が減ってしまった。


 話をかけるのは前と一緒だったけど、なんか……変だなと思ってしまう。

 とても曖昧で……まだ春川さんに聞けなかった。


「それ、持つます。春川さん」

「う、うん……!」


 そして、静寂が流れる。

 なんだろう、いつもと全然違うけど……? 春川さんがそばにいるのに、静寂になるのか? こんなこと初めてだったから、すごく慌てていた。すぐそばにいる時はいつも声をかけたり、からかったりするからな……。


 やっぱり……、大学で何かあったのか。気になる。

 でも、何かあったら姉ちゃんがすぐ話したはずだ。

 なら———。


「あの……春川さん! 最近……、俺のこと避けてますよね?」

「えっ!? ち、違う! 私がそんなことするわけないでしょ?」

「そ、そうですか? なんか、避けてるような気がして…………。今も、一緒に歩いてるのに……声かけてくれないし」

「そ、それは……!」

「はい?」

「やっぱり、なんでもない。恥ずかしい」


 あの春川さんが俺に言えないことがあるなんて……、めっちゃ気になる。

 もしかして、俺のことが邪魔だったり……? そんなことないよな。

 いつもと違う彼女を見て、急に不安を感じる俺だった。


 なぜだろう、テンションも下がってしまう。

 そして、女子経験が少ない俺は、こんな時にどうすればいいのか分からなかった。


「どうしたの? 渚くん、顔色が悪いんだけど?」

「えっと……、なんでもないです。ちょっと……」

「うん? 悩みでもあるの? 私に話してみて」

「いいえ、気にしなくてもいいです!」

「それはダメ!」

「はい?」


 俺の前で両腕を広げる春川さん、これって言うまで行かせないってことかな?

 でも、春川さんも言ってくれなかったのに……なんで俺だけ。

 それより……俺は何もしてないのに、なんで……俺の方を睨んでるのかな? 可愛い。


「気になるから、早く言ってよ! そんな顔、私初めて見たから!」

「なんでもないでーす」

「あ! 誤魔化すのダメ! 早く言って! そうしないと……」

「しないと……?」

「私、怒るよ?」

「ええ……」

「なんだよ! その反応は! 凛花に怒られる時は何もできなかったくせにぃ!」

「姉ちゃんは、姉ちゃんですからね」

「ふん! 知らない!」


 まさか、今……怒ってるのか……? いや、普通に可愛いんですけど?


「はいはい。言います! 実は春川さんに嫌われてるのかなと思って……」

「私が? 渚くんのことを? なんで?」

「えっと……、春川さん……最近俺のこと避けてますよね?」

「ぜ、全然! 私が渚くんのこと避けるわけないでしょ?」

「そうですか? じゃあ、気のせいだったことにします」

「…………」


 酔っ払った姉ちゃんに春川さんと付き合いたいって言った後……、正直春川さんと一緒にいるのが少し苦手だった。彼女の前では言えないけど、俺は自分が言い出したことをずっと意識してたから、こんな些細なことにもすごく気になってしまう。


 姉ちゃんはどうして俺にそんなことを聞いたんだろう。

 翌日の朝、起きた姉ちゃんにこっそり聞いてみたら、覚えてないって言われた。

 まったく……。


「はい、帰りましょう。春川さん」


 まあ、これは俺が言い出したことを意識しすぎた結果だから。

 付き合いたいけど、口には出せない。

 嫌われるのが嫌だったから、線を引いて春川さんとの距離を縮めない。それが今の状況だ。普段から俺のことを抱きしめたり、からかったりしてもさ。見えない壁があるから、それ以上は無理だった。


 だから、このままでいい。

 と、自分にそう言ってあげた。


「…………ごめん! 渚くん」

「はい?」


 すると、後ろにいる春川さんが声を上げた。


「じ、実は……! 渚くんと夏祭り……一緒に行きたかったけど、行きたいってこの前に言ったのに……。それが恥ずかしくて、タイミングもよく分からなくて……」

「あ……」

「うう……、凛花には普通に話してもいいって言われたけどね。私、渚くんに誘われたくて……ずっと待っていたよ。でも、明日夏祭りなのに何も言ってくれないから、少し焦ってて……」


 俺は……、どうしてそんな簡単な言葉すら言えないんだろう。

 俺も……春川さんと一緒に行くって言ったのに、もうすぐ夏祭りってことも知っていたのに。姉ちゃんの話通り、俺は……もっと強くならないといけない。まさか、そんなことで悩んでいたとは……。


「す、すみません」

「いいよ……。渚くんは私と夏祭り行くよね?」

「は、はい……。俺も……春川さんと行きたいです」

「へへっ。なんか、バカみたい……。私、ずっと……それで悩んでたから」

「ええ…………」

「じゃあ、一緒に行くって約束!」

「は、はい! 約束です!」


 帰り道、春川さんと夏祭りの話をしながらゆっくり歩いていた。

 そして、俺は姉ちゃんに話したことをまだ春川さんに言っていない。好きとか、付き合いたいとか、まだまだ早いと思う。


 今はね。


「そうだ! 私! この前、面白い動画を見たからね! 今日の夕飯、任せて!」

「へえ……、はい!」

「ふふふっ」


 ……


「あのさ、なんでネギばかりなんだ? 渚。ちょっと説明してくれない?」


 俺に聞くなぁ。


「あ、これは……。姉ちゃんの健康のためっていうか」

「…………」

「ネギは美味しいからね! たくさん食べて!」

「…………愛莉」


 作ったのは春川さんだぞ。

 その顔……、どうやら姉ちゃんも知ってるみたいだ。


「い、いただきます……」


 あの夜、春川さんが作った夕飯のテーマは「緑の世界」だった。

 マジで、ネギばっかりだったからな。


 そして、姉ちゃんからラ〇ンが来た。「愛莉に料理させるな」って。

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