9 酔っ払った姉ちゃん

 今日は久しぶりに姉ちゃんと二人っきり、春川さんは実家に帰ってお母さんの仕事を手伝うことになった。そういえば、姉ちゃんと二人っきりになるのは初めてだと思うけど……? いつもバイトや大学のことで忙しかったから……、居間でスマホをいじる姿が少し不思議だった。


 姉ちゃんもスマホをいじるんだ、とか。


「何……? 渚」

「な、なんでもない」

「さっき、私の方を見てたでしょ? なんだよ。この変態」

「えっ! 変態とかやめてよ……。俺、変なことしてないし」

「ふーん。じゃあ、この前愛莉と何してた?」

「なんの話……?」

「風邪をひいた日、二人で何をしていたのか聞いてるのよ」


 ちゃんと誤魔化したと思ってたのに、知っていたのかよぉ。

 じっと俺の方を見つめる姉ちゃん。

 その顔は……、どうやら全部バレたみたいだ。


「何も……」

「ウッソ、床にタオル落ちてたし。二人でいやらしいことでもやってたの?」

「ち、違う! ただ……、体を拭いてくれただけだから」

「あら……、愛莉の前で半裸…………。ふーん、やるね。渚」

「いや。俺はちゃんと断ったけど……、春川さんが……」


 くすくすと笑う姉ちゃんを見て、なぜか顔が熱くなる俺だった。

 なんで、姉ちゃんは全部知ってるんだろう。じゃあ、全部知ってたくせに、知らないふりをしていたってことか。


 この人、普通に怖い。


「愛莉のこと、好きだよね? 渚」

「いきなりなんだよ。まったく……、俺は部屋に入るから」

「渚、こっち来て」

「なんでだよ!」

「ここに座って」


 持っていたビールを床に下ろして、俺の方を見る姉ちゃん。

 もう一回断ったら……、すぐ一言言われそうな雰囲気だった。

 

「分かったよ……! 座ればいいだろ!」

「飲む? 美味しいよ。ビール」

「俺、高校生だけど…………」

「そうだったの?」

「見れば分かるだろ……、普通に」

「ふーん。そうだ。あんた……、愛莉とどこまで行った?」


 休日だからか、姉ちゃんがビールを飲んで酔ってる。

 しかも、酒の匂いと赤くなったその顔……、変なことされないよな? 酔っ払った姉ちゃんはいろんな意味で怖いんだから、なるべく距離を置きたい。この前にも友達とあったことで、めっちゃ怒ってた姉ちゃんがビールを飲んでたからな。なぜか、姉ちゃんにめっちゃ怒られた。


 俺は何もしてないのにな。


「何もしてないよ」

「愛莉、あんたのことさりげなく抱きしめたりするんでしょ? 好きでもない異性にそんなことをする女はいねぇよ。渚」

「まあ、春川さんにとって俺は……ペットみたいな存在だろ。きっと……」

「ふーん。そうかもしれないね。私の言うことなんでも聞いてくれるいい弟だから、渚は」

「姉ちゃん、酒臭い……」

「はあ? 私、酔ってないし。そんなに飲んでないよ!」

「いや、どう見ても……」

「うるさいねぇ……。それより、愛莉とキスはしたの?」


 キ、キスか……。俺が春川さんと……? できたらいいな。

 じゃねぇ———!


「その顔、まだやってないよね」

「知ってるくせに聞くなぁ……」

「ふふっ、渚はキスやってみたい?」

「それは……俺も一応男だから……」

「愛莉とキスしたい?」

「あ……! もう! 姉ちゃん」

「愛莉、キスめっちゃ上手いからね。渚は下手だから練習しておかないと…………」


 さっきから何を言ってるんだろう、姉ちゃんは。

 いくらなんでも一人で缶ビール五本はちょっと……飲み過ぎじゃないのか? 顔と耳が真っ赤になっていて、だんだんやばい雰囲気になってるんだけど……。そして、すでに俺とくっついているこの状況。


「姉ちゃん、早く部屋に入って……」

「ねえ、ちゃんと聞いてんの? 愛莉とキスをするためには練習しないといけないって!」

「分かった! 分かった! 後で一人で練習するから、早く入れ!」


 何を言ってるんだろう、俺は。

 どうやら、ストレスが溜まったみたいだ。普段はこんなこと言わないのに……。


「ねえ、教えてあげようか……?」

「何を……?」

「キスのやり方」

「姉ちゃん、今まで彼氏なかっただろ? 誰と…………キスしたんだ?」

「愛莉と」

「嘘だろ」

「嘘よ」

「…………なんだよ! さっきから。早く部屋に入れ!!」

「ああ、渚はつまらないね。少なくとも、なんでキスが上手いのかくらい言うと思ってたけど……」


 演技……? いつもの姉ちゃんに戻ってきた。


「まあ、春川さんは可愛いからさ。それに……女子大生だし、彼氏いない方がおかしいと思うけど?」

「私は?」

「姉ちゃんは全部断ったんだろ? 告白。それに俺は春川さんのことよく知らないから、多分彼氏とか、好きな人くらいいるだろう」

「ダメだね〜。よく知らないじゃなくて、全然知らないね」

「それどういう意味?」

「単刀直入に言う、あんた愛莉と付き合いたい?」

「…………そうだけど、それがどうした?」

「…………」

「姉ちゃん?」

「…………」


 ね、寝てる……? いや、さっきまで好きとか言ってたのに…………。

 今……、俺にくっついてすやすやと寝ている。マジか。


「まったく…………」


 仕方ないな、俺がベッドまで運んであげないと……。

 そして、姉ちゃんを持ち上げた時、春川さんが帰ってきた。タイミング……。


「あっ、渚くんだ! 帰るの遅くなってごめんね、夕飯はいらない!」

「はい……」

「あれ? 凛花? 酔っ払ったの?」

「そうです」

「おお! お姫様抱っこ! 羨ましい!」

「何を言ってるんですか……、俺はさっきまで………。いや、なんでもないです」

「うん? 何かあった?」

「なんでもないでーす!」


 姉ちゃんが余計なことを言って、本当にキスが上手いのか気になる。

 まったく……、姉ちゃんはいつもこうだからな。


「それより、渚くん力持ちだね」

「いいえ……。姉ちゃんが高校生だった時……しゅっちゅう居間で寝てたからもう慣れてます。勉強をするのはいいけど、いつもソファや床で寝るから……、ほぼ毎日姉ちゃんをベッドまで運びました」

「へえ〜。じゃあ、私も頼んでみようかな〜」

「断ります!」

「ええ! ひどーい!」


 そんなことできるわけねぇだろ! 春川さんだから。

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