8 まさかの風邪

 うわぁ……、熱が38度。今日は……どこにも行けないよな。

 俺ってやつはマジでバカだ。

 まさか雨が降る日に……、窓閉じるのをうっかりするなんて。そのまま寝ちゃった俺は当たり前のように風邪をひいてしまった。姉ちゃんに一言言われても反論できない。


「うぅ……。体重い、頭も重い……」


 時間は午後の三時十分、どうやらベッドで気絶したみたいだ。

 夕飯は姉ちゃんと春川さんが作るって言ったから……、今日はゆっくり寝よう。

 と思ったけど、急にアイスが食べたい。でも、体を起こすこと自体ができない俺にアイスが食べたいとか、無理だよな。なんで熱が出てるのに、冷たいのが食べたくなるんだろう。俺の、まだ冷蔵庫の中に残ってると思うけど……。


 どうしようかな。


「…………」


 ダメだ、アイスがめっちゃ食べたい!

 目を閉じて、アイスだけを考えていた。


 そして、体を起こした時———。


「うわっ! ど、どうしたの? 渚くん」

「えっ? 春川さん? 今日……早いですね? あれ? どうして俺の部屋に?」

「渚くん風邪ひいたからね。早く帰ってきたよ。それより……アイス、持ってこようか?」

「えっ? どうして分かるんですか?」

「さっき……アイス……アイスって寝言言ってたじゃん」

「お、お願いします……」


 聞いてたのか、恥ずかしい。


「はい!」


 チョコミント! さっきからチョコミントがめっちゃ食べたかったから……、この反応は仕方がないことだった。姉ちゃんにはいつも歯磨き粉って言われてるけど、それは違う! 姉ちゃんはチョコミントの味を知らないバカだからだ! と、堂々と言いたいけど、口には出せない俺だった。


「チョコミント好きだもんね。渚くんは」

「なんか、すみません……」

「なんで、謝るの?」

「なんか、チョコミントってみんなに嫌われてる味だと思って……」

「そう? 食べたことはないけど、好きなものは好きなだけ食べてよ。また買ってあげるから、ふふっ」

「い、いいえ! 大丈夫です……そんな」

「私が買ってあげたいって言ってるのに断るの?」

「い、いいえ! あ、ありがとうございます……」

「ふふっ」


 静かにアイスを食べる俺と、ベッドに寄りかかってスマホをいじる春川さん。

 話しかけたいけど、風邪移るかもしれないから黙々とアイスを食べるだけだった。

 で、なんで俺の部屋にいるんだろう。気になる……。


「ねえ、熱はどー? 下がったの?」

「えっと……、まだまだ……です」

「まったく……私たちのことを心配してくれた人が風邪をひくなんて〜」

「あはは……」

「ねえ、パジャマ脱いで」

「えっ! い、いきなり?」

「汗かいたんでしょ? 体拭いてあげるからパジャマ全部脱いで」


 き、聞き間違いなのか。

 さっき、全部脱いでって言われたけど……? 全部ってことは上も下も……脱ぐってことだよな? つまり、半裸になれってこと。いくらなんでも春川さんの前で半裸になるのはちょっと……。


 てか、これは子供扱い……!? 俺は高校生なのに!?


「どうしたの? 脱いで」

「やっぱり、自分でやります! いいです! 春川さんの前で脱ぐのはちょっと!」

「えっ? いいじゃん。凛花もしょっちゅう下着姿になるし」

「あの……。春川さん?」

「うん?」

「俺……、男なんですけど?」

「耳も顔も真っ赤になってるし……、汗かいたし……、今着ているパジャマは早く着替えた方がいいよ」


 ガン無視!


「早く〜」

「えっ、あの…………」

「渚くんは凛花の話ならなんでも聞くのに、私の話は全然聞いてくれないね。私のことそんなに嫌なの?」

「いいえ! そんな、今すぐ脱ぎますから……!」

「うん!」


 好きな人の前でそんなことできわけないだろぉ———! とは絶対言えねぇ。

 仕方がなく、今は春川さんの言う通りにするしかない。


「ふふっ、手伝ってあげるから〜」


 両腕を上げて、パジャマを脱がされるこの状況……。

 てか、好きな人の前で半裸になるなんて。このままでいいのかよ! 普通ならこの状況ですぐ顔が真っ赤になるけど……、風邪をひいて助かった。これを……不幸中の幸いって言うのか。


 でも、恥ずかしいのは変わらない。


「へえ……、意外と筋肉ついてるんだ……」

「…………はい。たまに……筋トレやってますから……」

「じゃあ、今拭いてあげるからじっとして……! 冷たいかもしれないよ」

「はい……」


 うわぁ……、これめっちゃ恥ずかしいけど。

 ちょっとだけ気持ちいいかも。

 そして、パンツしかはいてない俺の背中を拭いてくれる春川さん……。これはいろんな意味で終わってる。


「はあ……」

「寒い……?」

「いいえ、ちょっと……疲れました。そして、すごく恥ずかしいです」

「…………ねえ、こっち見て」

「はい……」


 胸元を拭いてくれる春川さん、その耳が真っ赤になっていた。

 自分からやっておいて……、なんで恥ずかしがってんだよぉ!! 春川さん!


「私ね」

「はい?」

「渚くんが作ってくれる美味しい夕飯とか、一緒にゲームをしてくれることか、私の方が年上だけど……私のことを気遣ってくれることとか、いろいろ……本当に幸せだと思う! そして、この前に映画を観た時もね……」

「は、はい……」

「だから、私も渚くんに何かやってあげたかったよ……。役に立たないかもしれないけど…………」

「いいえ、そんなことないです! ありがとうございます! いつも……。俺、友達いないんで……。春川さんと一緒に過ごす時間は大切な思い出になります。だから、また……楽しい思い出を作りましょう! 春川さん!」

「うん!! 早く治って、一緒にゲームしよう! 来週は祭りもあるし、いろいろ楽しいことたくさん待ってるからね!」

「はい!」


 春川さんも俺と一緒にいるのが好きだったんだ。

 また一緒に……。

 今はこれで十分だけど、いつかこの気持ちを伝えたい……。いつか。


「ただいま〜」

「…………っ!」


 そして、外から聞こえる姉ちゃんの声に、すぐ布団の中に隠れる春川さんだった。


「あ、渚。体調はどう?」

「いいよ。熱も下がったし……」

「そうか。愛莉は?」

「春川さんなら……、部屋にいるかも……」

「ふーん。じゃあ、私はすぐお風呂に入るから寝てて」

「うん!」


 誤魔化したのか。それより風邪が移るかもしれないのに……、俺をギュッと抱きしめるのはよくないですよ。

 そして、いつも堂々と俺の抱きしめてたくせに今更隠れる理由はなんだろう……。


「凛花は?」

「お風呂に入りました」

「そっか……、びっくりしたぁ……」

「どうしましたか? わざわざ隠れなくてもいいと思いますけど」

「だって……、渚くんを脱がして……恥ずかしいことをしてたから」


 自覚してたんだ……。


「本当に……、春川さんは変態」

「えっ! ち、違う! これは渚くんのためだから!」

「冗談です〜」

「はあ……!? 意地悪い!」

「ふふふっ」

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