6 梅雨②

「ふん♪ ふん♪」


 なんか、気分良さそう。風呂上がりの春川さんがソファに座って、鼻歌を歌っていた。先……あんな恥ずかしいことを言ったのに、やっぱり……春川さんにとって俺はただの弟だよな。


 親友の弟、信頼できる男。それだけだと思う。

 二人っきりになるのはいいけど、二人で過ごす時間が増えれば増えるほど……、だんだん悲しくなる俺だった。

 今更そんなことを考えても無駄だから、夕飯の準備をしよう……。


「あっ。そういえば、凛花。今日大丈夫かな?」

「どうしました? 春川さん」

「さっきから返事が全然来ないんだけど、それに風と雨もだんだん強くなってるし」

「…………ちょっと行ってきます。姉ちゃん、今どこにいますか?」

「えっ!? ダメだよ!」

「でも! 姉ちゃんが……まだ」

「風邪ひくし、怪我するし! ダメ! 凛花はきっと無事に帰ってくるから、一応家で待ってみよう!」


 と、春川さんに言われても、心配になるのは仕方がないことだった。

 そして、姉ちゃん雨大嫌いだからな…………。

 夕飯の準備を終わらせた後、春川さんが部屋に入ってるうちにこっそり家を出ようとした。


くん!!!」


 でも、すぐバレてしまう。

 なぜ、分かるんだ。


「ああ! そうすると思った! まったく……、私がダメって言ったのに」

「でも…………」

「ほら、これ見て」


 春川さんが見せてくれたラ◯ン、そこには「もうすぐ到着」って姉ちゃんがから返事が来ていた。

 まったく……、俺にも連絡しろよ。


「あっ、そうですか」

「私が無事に帰ってくるって言ったでしょ? まさか、私の話を疑ってたの?」

「いいえ、そんな…………」

「ふーん」

「渚、玄関で何をしてるんだ」

「うわっ!」


 い、いつの間に入ってきたんだ。忍者かよ。

 しかも、姉ちゃんびしょ濡れじゃん。

 それより、雨が降るのを知っていたくせに、なんであんなスケスケのブラウスを着てるんだよ。春川さんもそうだけど……、うちの姉ちゃんもだらしない人だから弟として心配になる。


 普段はしっかりしてるのにな。


「ジロジロ見ないで、タオルでも持ってきて」

「あっ、うん」

「凛花、びしょびしょじゃん。傘は?」

「あ、傘なら強風のせいでどっかに飛んでいった」

「ああ……。そうなんだ」

「うん」


 カバンを床に下ろして、着ていたブラウスを脱ぐ凛花。

 ぼとぼとと落ちる水玉に彼女がため息をつく。


「あ、そうだ。渚!」

「うん? 何?」

「私、すぐお風呂に入るから下着と部屋着も持ってきて」

「オッケー」


 一応、お風呂に入るかもしれないと思って……、バスタオルは用意したけど。

 まさか、春川さんの前で堂々と下着と部屋着を持ってきてって言うなんて。まあ、俺は弟だからさりげなくそんなことを言うかもしれないけど、ここは女子寮じゃないんだからさ。もっと気をつけてくれぇ。


 これが、透明人間扱い……!? 俺のことは全然気にしないのか! 本当か。


「持ってきたよぉ……って! なんだよ! その格好!」

「濡れた服を着たら風邪ひくんでしょ?」

「あっ……。うん……、ごめん。俺……夕飯、準備、するから!」

「うん」

「凛花……、いくら弟だとしても……。半裸を見せるのはちょっと……」

「半裸じゃないよ。スカートちゃんとはいたし、ブラもつけたから」

「…………それを半裸って呼ぶんだよ」

「そう?」


 ……


「で、渚くんがね。凛花のことめっちゃ心配して、大雨の中を走ろうとしたから……私が全力で止めたよ」

「お、俺は……ただ! 姉ちゃんのことが心配で」

「ふふふっ、渚くんは優しいからね。分かる分かる〜」

「ごめん、次はちゃんと連絡するから。愛莉にラ〇ンを送った後、バッテリーが切れてしまってね。でも、ギリギリ合格かな」


 そう言いながら俺の頭を撫でる姉ちゃん、何がギリギリ合格だ!

 ただ、からかってるだけだろ!


「で、渚に聞きたいことがあるけど」

「うん」


 みそ汁を飲みながら姉ちゃんの話に答えた。


「なんで、Tバック?」

「ぷーっ! 姉ちゃん、何……言ってんだよ。俺は適当に持ってきただけだから、しらねぇよ! そんなの」

「そう?」

「そうだよ!」

「ならいい」


 そう言って、何もなかったように夕飯を食べる姉ちゃん。俺の顔は真っ赤になっていた。少しだけでもいいから、俺のことを意識してくれぇ……! と、心の底から叫ぶ俺だった。


「…………凛花って、相変わらずストレートに言うね……」

「ううん、そうかな? でも、私と渚は中学生の頃ま———」

「姉ちゃん! 俺! 今日、デザート買ってきたけど食べる!?」


 ギリギリセーフかな……? 今……、絶対やばいやつが出てくると思って思わず声を上げてしまった。


「お? 何?」

「アイスとプリンだけど、後で持って行くから……。テレビとか見てくれ」

「うん」

「凛花、中学生の頃まで?」

「ああ、それは」

「姉ちゃん! 食べ終わったら……、その茶碗もらっていい!?」

「中学生の頃まで……」


 この人、今の状況を楽しんでるのかよ。


「渚のことをこき使ってたから。ふふふっ」

「…………」

「へえ、二人は本当に仲がいいね。羨ましい〜」

「愛莉も渚のこと好きにしていいよ」

「ちょ、ちょっと! 姉ちゃん、何を……!」

「へえ。じゃあ、私も遠慮なく、渚くんにいろいろ頼んでみようかな〜? ふふっ」


 可愛い! 笑みを浮かべる春川さんからすぐ目を逸らしてしまった。

 二人とも……マジで苦手。


「はいはい。好きにしてくださいよ〜」

「やったぁ〜!」

「じゃあ、俺は洗い物しますから……」

「はいはい〜」


 食後、愛莉とデザートを食べる凛花。

 彼女は洗い物をする渚を見て、こっそり微笑んでいた。

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