5 梅雨

 朝からめっちゃ降ってるな……。

 まあ、夏だし……。降らない方がおかしいと思うけど、俺は……夏という季節が大嫌いだ。


「…………」


 なぜなら……、いつもより洗濯物が増えてしまうから!!

 そして、この家で洗濯をする人は当たり前だけど俺だけだ。

 女子大生二人と男子高校生一人が暮らしているから、自分の洗濯物は自分で洗濯してほしかったけど、「家賃と管理費など、全部私たちが払ってるからそれくらいできるんでしょ?」って姉ちゃんに一言言われた。


 それだけじゃない。たまに……お小遣いももらうからな……。

 くっそ、資本主義に負けてしまった。


 単純にそれがやりたくないってわけじゃなくて……。

 俺の洗濯物だけなら、そんなこと気にしないんだけど。

 俺ってやつは……、いつの間にか春川さんと姉ちゃんの下着を見分けできるようになって。マジで恥ずかしい。家事は俺のやるべきことだから、そうなるのも仕方がないんだけど……、それでも男子高校生にこの状況は危険すぎるだろ。


 恥ずかしい……。


「…………っ!」


 干した洗濯物から出てきた薄桃色のパンツ! これは……春川さんの……。

 二人は個性が強いっていうか、使った物や脱いでおいた服を見るとすぐ誰の物なのか分かってしまう。春川さんはホワイトとか、ピンクとか、オレンジとか……そんな明るい色が好きだけど、うちの姉ちゃんはオールブラックだった。


 そして、可愛い服が好きな春川さんとセクシーな服が好きな姉ちゃんだからな。

 なんで、そんなことまで知ってるんだろう。俺は……。


「…………二人の下着を見て、一体何を考えてるんだろう」


 やっぱり、好きな人の服や下着を畳むのは俺に無理かも。

 それに、姉ちゃんのエロい下着……どうにかしてほしい。


「まったく……」


 畳んだ洗濯物は二人の部屋に置いておいて、しばらく勉強をする。

 特にやりたいこともないし、誰もいない時はほとんど勉強をする俺だった。

 すると、春川さんから電話が来る。


「うわぁん! 渚くん!!」

「どうしました? 春川さん」

「傘持ってくるの忘れたぁー!」

「あっ、そうですか。それは仕方ないですね。今どこですか?」

「大学の前にある〇〇駅」

「じゃあ、そこでちょっとだけ待ってください。今すぐ行きますから」

「うん! やっぱり、渚くんしかいない!」

「で、姉ちゃんは?」

「凛花はバイトがあるって……」

「はい。じゃあ、すぐそっちに行きます!」

「うん」


 うちは大学からそんなに遠くないけど……、傘なしにこの大雨の中を突き抜けるのはさすがに無理だよな。

 それに下手したら風邪ひくかもしれないし。


「春川さん! 遅くなってすみません!」

「渚くんー! 会いたかったよ!!」

「はい。傘です」


 持ってきたもう一つの傘を春川さんに渡したけど……、彼女はじっと俺を見つめるだけだった。どうしたんだろう……。今日は風が強すぎて、ちょっと時間がかかってしまったからか、春川さんは何も言わずその場でじっとしていた。


 雨のせいで気温も下がってるのに、どうしたんだろう。


「あの……」

「ねえ、傘二つは……歩きづらいんでしょ? 私、渚くんと話しながら歩きたい」

「えっ? そ、そうですか? じゃあ、どうすれば……?」


 されげなく俺の傘に入る春川さん、彼女の肩と俺の肩が触れた。

 この状況で、俺はどうすればいいのか分からなかった。


「相合傘!」

「…………は、はい」

「ふふっ、来てくれてありがと。もし、渚くんがいなかったら、私びしょ濡れになったかもしれないよ」

「そ、そうですね。か、帰りましょう」

「うん!」


 雨の中で春川さんと歩くチャンスは滅多にないのに、もっといろいろ話したかったのに、頭の中が真っ白になって何も言えない俺だった。家で初中話していた「今日も楽しかったですか?」すら、今は出てこない……。ぼとぼと、雨の音が聞こえるだけだった。


 なんか、悪くないと思う。


 そして、春川さんの肩が濡れないように……こっそり傘を彼女の方に傾ける。

 てか、大きいの傘を持ってきて本当に良かった。


 ……


「はあ〜。家だ! はくしょん!!」

「あっ。春川さん、大丈夫ですか?」

「うう……、寒っ!」


 手の甲で春川さんの体温をチェックした時、雨のせいで手と腕が少し冷えていた。

 早くお風呂に入らないと、本当に風邪ひくかもしれない。


「春川さんはすぐお風呂に入ってください! 俺は……、着替えを用意します」

「ありがと……。ひひっ」

「そして、ココアも用意しますから」

「うん!!」

「それより、渚くん……」

「はい?」

「私……、今からお風呂に入るから……。覗いちゃダメだよ?」


 一瞬、頭の中が真っ白になる。

 聞き間違いかと思ったら、少し照れてる顔で……覗いちゃダメって。何を言っているんだろう。俺を見る春川さんと目が合った時、すっごく恥ずかしかった。ただ、恥ずかしくなるだけだった。

 ああ、俺は……どうすれば。


 これ、心臓に悪いな。


「そんなことをしたら、俺……姉ちゃんに殺されますよ? てか、俺がそんなことをするわけないじゃないですかぁー! 早く入ってください!」

「ふふっ、反応可愛い! 冗談よ」

「…………」


 神様、俺はどうすればいいんですか……?

 この家であの二人と一緒に暮らしてもいいんですか? 答えてくださいよ!


「…………」


 ゆっくり洗面所のドア閉じる愛莉。

 彼女は濡れた服を脱ぎながら思わず「ふふふっ」と笑った。


「可愛い、渚くん。そして、優しい…………」

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