4 ラブレター

「…………」


 俺の口で言うのは少し恥ずかしいけど、俺……たまに後輩や同級生に告白される。

 でも、他にもカッコいい人たくさんいるはずなのに、なぜ俺に告白をするのかよく分からなかった。そして、下駄箱を開けるとこうやってラブレターが出てくる。そのたびに、そばにいる友達が「またラブレターかよ! 渚!」と叫ぶ。


 あいつの一言で、周りの視線が俺に集まる。


「お前は……、うるせぇよ」

「てか、お前さ。これで何回目だ?」

「しらねぇよ。そんなこといちいち気にしてないから」

「これがモテる男の余裕か」

「モテないし、なんで勝手にラブレターを入れたのか理解できない」

「ええ……、俺は一度だけでもいいから、誰かにラブレターもらいたいよ」

「うるせぇ!」


 人目があるから捨てるのもあれだし、一応……カバンの中に入れた。

 てか、ラブレターだなんて。マジかよ。


「で、読まないのか? 渚。せっかくラブレターもらったのに、読まないと相手に失礼だろ?」

「はあ……。後で読むから、お前は気にすんなよ」

「あははっ、渚照れてんじゃねぇか〜」

「ったく……」


 その後、人けのないところでこっそりあのラブレターを読んでみたけど、やっぱり「好き」とか「話したいことがあります」とかが書いていた。なんで……、俺なんかに告白をするのか分からない。俺のどこが好きなんだ? 分からない。それに、俺にはずっと好きな人がいるから、この後輩の気持ちには答えられないんだよ。


 いちいち断る俺の立場も少しは理解してほしい……。

 仕方がなく、手紙に書いている場所に行くことにした。


「あっ! 望月先輩!」

「えっと……、俺の下駄箱にこのラブレターを入れた吉田か?」

「は、はい! そうです!」

「ごめん」

「…………やっぱり、ダメですか?」

「うん。俺……好きな人がいるから、ごめん」

「…………はい」


 落ち込むその顔を見ると、俺もつらくなる。

 まあ、これでいっか。


 春川さんが卒業した後、もう学校生活に未練がない俺だった。

 特に楽しいこともないし。春川さんがいた時はたまたま挨拶をしたり……、からかわれたり……、お弁当を一緒に食べたりして、いいことがたくさんあったのにな。


 今はただ勉強をして、授業を受けて、一人でお弁当を食べるだけだ。

 全然楽しくないし、早く家に帰りたい。


 ……


「ただいま……」

「よっ! 渚くん」

「春川さん……」

「あれ……? なんか、元気なさそうに見えるけど、どうしたの? 学校で何かあった?」


 あ、今日も可愛すぎる。春川さん…………。

 癒される……。


「いいえ。何も……、何も…………」


 告白されたとか、そんなことを春川さんの前で言えるわけないし……。

 カバンを下ろして、すぐ洗面所で手を洗う俺だった。


「…………うん?」


 首を傾げる愛莉が床に落ちているある手紙に気づく。

 それは渚がもらったラブレターだった。


「はあ……」


 ため息しか出ない。

 俺……、人の気持ちを断るのは苦手だから、いつも断った後にこうなってしまう。

 もっと強い人になったら、あんなこといちいち気にしないと思うけど……。まだまだだ。


「春川さん、何してますか?」

「…………」


 ソファでじっとしている春川さんが何かを見てるような気がした。

 こっそり後ろから覗いてみたら、手紙みたいなものを読んでいた。

 てか、あれ見覚えのある紙だけど……。急に不安を感じて、急いでカバンの中を確認してみたら、あれは俺が落としたラブレターだった。


「あっ! は、春川さん! それ……!」

「うわっ! び、びっくりした。いつからそこにいたの?」

「あっ、すみません……。なんで、それを!」

「あっ、こ! これね! 床に落ちてて、渚くん……女の子に告られたの?」


 マジか、それを読んだのか。


「ああ……、はい」

「渚くん、ここに座って」


 隣席をポンポンと叩く春川さんが真剣な顔をしていた。

 いつもの春川さんと違う。

 少し、緊張していた。


「それで!? どうなったの?」


 なんだよ! どうなったのか気になってただけか!

 じゃあ、さっきの顔はなんなんだ! 緊張してたぞ!


「断りました」

「なんで? 可愛くなかったの?」

「可愛いとかじゃなくて、俺には……その好きな人がいます」

「へえ……、同じクラスの女の子かな?」


 いいえ、春川さんです。と、言いたいけど……! 精一杯我慢した。


「いいえ……、同じ学校に通ってません。そして、それはただの片思いなんで……、叶わない恋ですよ。多分…………」

「そんなことないよ? きっと上手くいくはずだから……、心配しないで。渚くん! 絶対いける!」

「は、はい……」


 じっと、春川さんを見ていた。

 なんか……高校時代と同じだなと、一人でそう思っていた。

 中学生の頃、赤点を取って再試験を受けるようになった俺に「いける!」って慰めてくれたからな。


 あの時と同じ顔だ。


「どうしたの?」

「い、いいえ…………。春川さんはいつも優しいなと思ってました……。それだけですよ」

「…………なんだよ! それ! 私、優しくないから…………からかわないで!」

「あははっ……。姉ちゃんもそう言いましたけど、やっぱり……春川さんは優しいですよ。俺、そんな春川さんが好きです」


 でも、俺は知っていた。

 春川さんと同じ高校に通っていたから、春川さんが……男なんかに一切興味なかったのを知っていた。姉ちゃんとお弁当を食べようとした時、俺は学校の裏側で告白される春川さんを見たから……。その告白を断った春川さんは……、男なんか大嫌いって怒っていた。俺が何も言えなくなったのは、姉ちゃんのそばでそれを見たからだ。


 まあ、今はこうやってそばにいられるだけで十分だから。

 それ以上は望まない。


「じゃあ、姉ちゃんが帰る前に夕飯の準備をします」

「…………」


 ちらっと渚の方を見る愛莉が、両手で自分の顔を隠していた。

 そして、だんだんその耳が赤くなる。


「…………」

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