3 うちには……

「あのさ……、渚。俺……頼みがあるんだけど……」

「なんだ……? いきなり…………」

「俺さ……。渚の家に行ってみたい」

「ダメだ」


 たまに、クラスメイトたちが俺の家に行きたいとかそんなことを言う。

 こいつら……俺と姉ちゃんが同居しているのを知ってるから、わざわざ行きたいって言っているのだ。俺が一年生だった時、姉ちゃんは全生徒によく知られているすごい人気者だったからさ……。


 あの時の姉ちゃんを忘れられないとか、そんなことを言ってる人がまだ校内に残っている。しかも、たくさん……。

 だから、たまにこんなことを言われる。


「なんでだよ! 俺……ただ渚と勉強がしたいだけだからさ!」

「んなわけねぇだろ。それより、家に姉ちゃんいねぇから行っても無駄だぞ」

「あああ!!! そんなぁー! 俺、一度だけでもいいから、望月先輩に会いたかったぞぉー!」

「やっぱり、姉ちゃんが目的だったのかよ」

「そういえば、望月先輩もそうだったけど、その友達もめっちゃ可愛かったよな? 名前が……確かにハルカワ先輩だったっけ?」

「まあ…………」


 春川愛莉だぞ。

 でも、名前は教えてあげたくなかった。


「とにかく、うちに来ても姉ちゃんはいねぇ。大学生だし、忙しいから」

「ああ…………」


 そして……、クラスメイトを家に連れて行かない理由は姉ちゃんだけじゃない。

 うちにもう一人……、絶対バレてはいけない人がいる。

 その人は———。


「あっ! 渚くん!! お帰り!!」

「春川さん……。帰るの早いですね」


 当たり前のことだけど、春川さんだ。


「ふふふっ、今日はバイトがないからね〜。そして、渚くんのことを待ってたよ!」

「えっ? どうしてですか?」

「一緒にゲームしよう!!」

「…………」


 すでに準備を終わらせた春川さんがソファでドヤ顔をしている。拒否権はないか。

 たまに……、春川さんのことを友達だと勘違いしてしまう。

 性格が姉ちゃんと正反対だから、姉ちゃんが普通なのか春川さんが普通なのか分からなくなる。でも、テンションが高い春川さんを見ると……俺もテンションが上がってしまうからすごく好きだった。


 一緒に過ごすこの時間も好き。


「えっ! それは……ちょっと!」

「私のパンチどーだ! 渚くん!」

「う、上手すぎる!」


 全部負けちゃったけど、マジか……?

 春川さんってこんなにゲーム上手かったっけ? 怖っ。


「負けましたぁ……」

「ふふふっ、私の勝利! で……、アイスあるの? ゲームしただけなのに、なんか暑くなっちゃってね」

「はい、持ってきます!」


 姉ちゃんと同居を始めたけど……、なぜか姉ちゃんより春川さんと過ごす時間がどんどん増えていた。同じ大学生だとしても姉ちゃんの方がもっと忙しく見えるっていうか、今はほとんどの時間を春川さんと過ごしている。


 二人っきりでな。


 てか、普通の大学生なら……外で友達と遊んだりしないのか?

 高校時代と全然違うから、いろいろできると思うのにな……。もちろん、俺は今の状況が好きだけど。


「はい」

「ありがと〜」

「えっと、春川さん……」

「うん」

「近いです……」

「うん? そう? さっきもこんな距離感だったけど……?」

「あっ……、そう……だったんですか」

「渚くん……、顔真っ赤! 暑いの?」


 しまった……。春川さんの顔が近すぎて、いつの間にか…………。

 それにいい匂いもするし! まずい。

 なんで、俺は……春川さんのそばにいるだけですぐ幸せになるんだろう。女神そのものだとか、生きていてマジでよかったとか、そんなことばかり考えてしまう。そして、この時間を作ってくれた姉ちゃんにはいつも感謝している。


 幸せ……。


「渚くん?」


 ちらっと春川さんを見た時、目が合ってしまった。

 やっぱり、超可愛い———! 春川さんは……可愛いんだよぉ!!!!!


「えっ? は、はい?」

「もしかして、熱が出たり!?」

「いいえ……。大丈夫です!」

「ダメだよ! さっきから元気なさそうに見えたし……、心配になるから熱測ってみよう!」

「えっ! ちょっ!!」


 さりげなくおでこをくっつける春川さんに、心臓が止まるような気がした。

 こんなことがあってもいいのか、いいのか……! 本当にいいのかよ!


「熱……、分かんない」

「…………」

「ごめんね……。漫画とかでよくこんな風に熱を測ってたから……、真似してみたけど、全然ダメだった」

「はい……。お、俺は……大丈夫です」

「そう? よかった。ふふっ」


 しばらく目を合わせない二人、愛莉が真っ赤になった顔で下を向いている。

 そして、それが恥ずかしかったのは渚も一緒だった。


「…………」

「あの……、渚くん」

「はい?」

「き、今日の夕飯……メニューが…………知りたい」

「今日は……、パスタを作る予定です。春川さんパスタ好きですよね?」

「おおっ! パスタ! 私、パスタめっちゃ好きだよ」

「ですよね。食材ならこの前に買っておきました。そろそろ……夕飯の準備を……」

「…………」


 な、なんだろう。

 床から立ち上がろうとしたら、春川さんに手首を掴まれた。

 そして、バカみたいな俺はいきなり手首を掴まれて……、そのまま床に倒れてしまう。


 足が滑るなんて……。

 それより、先輩の方に倒れてどうすんだよ……。俺!


「…………っ。ご、ごめんね」

「だ、大丈夫ですか?」

「うう……」


 なんか、なんか……。今、春川さんを襲ってるような体勢になってるけど?

 ど、どうすればいいんだ。

 目の前に慌てている春川さんがいて、俺もすごく動揺していた。それに、両手で自分の顔を隠すから……なぜか罪悪感を感じてしまう。俺ってやつは一体……何をしているんだよぉ。


 しかも、こんな時にドキドキするなんて!! バカか。

 春川さん……、無防備すぎる。


「ご、ごめんね……。もう少し……、渚くんと話したかったっていうか……。いきなり手首を掴んで、ごめんね」

「い、いいえ…………」

「ただいま…………。ごめん、今日……」


 マジかよ、こんなタイミングで姉ちゃんが帰ってくるとは……困る!

 バレる前に、急いで先輩から離れる俺だった。


「二人……、何してたの?」

「お、お帰り……! 凛花」

「えっと……! ゲームかな!」

「ゲーム……? どんなゲームをしたら、二人の顔が真っ赤になるの? ん?」

「えっと……、最近流行ってる……。格闘ゲームかな?」

「へえ…………」


 その目、絶対俺のことを疑ってる。

 めっちゃ怖い。


「まあ、いい。ご飯」

「うん! い、今作るから!」

「早くしてよ」

「はいはい」

 

 ご、誤魔化したのか……?

 緊張しすぎて、こっそりため息をつく俺だった。


「…………」


 うちには……、ちょっとやばい春川さんとすごく怖い姉ちゃんがいる。

 というわけで、クラスメイトを家に連れてくるのはできない。


 多分、一生できないと思う。

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