2 姉ちゃんと姉ちゃんの友達②

「ううん———っ♡ めっちゃ美味しい!! やっぱ、渚くんが作った料理はいつ食べても美味しいよ!!」

「うん。今日のカレーは美味しいね。渚」

「…………」


 この家に来てから、ご飯を作るのが俺の仕事になってしまった。

 そもそも俺は料理が得意な人じゃなかったけど、姉ちゃんに毎日「渚、ご飯!」って言われたせいで……、いつの間にか料理が上手くなってしまった。今は……なんでも作れるように成長したけど、ラ〇ンでメニューを決めてくれる姉ちゃんの優しさはいまだに忘れられない。


 今日の午前まで「ハンバーグ」だったのに、それが「カレー」になったのだ。

 俺は……何しにここに来たんだろう。と、たまにそう思う。


「渚くんの料理が食べられる人生ってすごく幸せだよね〜? 凛花!」

「大袈裟だよ。でも、美味しいのは否定できない……」

「ふふふっ、素直になれないね〜」

「ごちそうさまでした。じゃあ、私はお風呂入るけど……愛莉は? 一緒に入る?」


 一緒に……お風呂入るって。

 そんなことは二人きりの時に言ってくれよ。姉ちゃん……。

 今、目の前にいるのは思春期の男子高校生だぞ。


「ううん……、どうしようかな。やっぱり、私はいい! 昨日買ってきたプリンを食べたいから」

「分かった」


 そう言った後、席から立ち上がる姉ちゃん。

 相変わらず、冷たい人だな。

 姉ちゃんの名前は望月凛花もちづきりんか。大学生になった今はどう過ごしているのか分からないけど、高校生だった時はめっちゃモテる人だった。毎日……、よく知らない人たちに声をかけられて。毎週……、よく知らない人たちに告白されるすごい高校生活を送った。


 でも、姉ちゃんは全部断った。


 前髪なしのロングヘアに、鋭い目つき。

 白い肌と真っ黒な髪の毛が姉ちゃんの冷たい印象を引き立てる。

 俺が一年生だった時、校内で姉ちゃんのイメージは氷姫そのものだった。春川さんと話さない時はずっと一人で勉強をしてたし……、周りの人など全然気にしないすごい人だったからな。多分……、そのクールな性格にみんな惚れたかもしれない。


 そして、すごい美人だったから。

 それだけは否定できねぇ。


「プリンあまーい! ううん———っ♡ 幸せ!」

「春川さんはいつも幸せな顔をしますね」

「だって、甘いものは正義だから! 定期的に食べないとね〜。あれ? 渚くんは食べないの?」

「あっ、俺のは……姉ちゃんにあげました。甘いものあまり食べないんで」

「マジ!?」


 なんで、信じられないって顔をしてるんだろう。

 俺……この家に来てから甘いもの全部春川さんと姉ちゃんにあげたけど……? 知らないって言うのか。


「美味しいのに……」


 プリンを一口食べる春川さんが、食卓の前で拗ねた顔をする。

 春川さんは……怒っても、拗ねても、可愛いな。

 てか、年上の女性を見て……俺は何を考えてるんだろう。早く洗い物をしよう。


「…………あ、あの……。どうしましたか? 春川さん」

「別に……、なんでもない」


 怖い……、めっちゃ見られている。

 その視線が感じられる。


「あの……、春川さん……?」

「食べる? プリン!」


 また、プリンかぁ。

 てか、春川さん、目がキラキラしている。

 まさか、ずっとそこにいたのは俺にプリンを食べさせるためだったのか? マジかよ。


「俺は……いいですけどぉ……」

「食べる? プリン!」

「…………え、えっと」

「ひん……、夕飯を食べる前にもそうだったし…………」

「はい……?」

「ポッ〇ーゲームもやってくれなかったじゃん! 渚くん、なんか冷たーい」


 それは……、普通にやってはいけないことだと思いますけど。

 そういえば、春川さんはいつもあんな風に俺をからかってたよな。

 なんでだろう。反応が面白いからかな……? 俺が中学生だった時も……、うちに来てあんな風にからかってたし。そのせいで、春川さんのことがだんだん好きになって。どうしたらいいのか分からなくなる。


 いつになったら———。

 いや、変なことは考えないように。


「あーん」


 だから、距離感!!!!!


「うっ。わ、分かりました。食べます食べます!」

「ふふっ」


 口を開けると、舐めたスプーンで俺にプリンを食べさせる春川さんだった。

 それ……さっきまで春川さんが舐めてたスプーンなのに、なぜ動揺しないんだよ。俺にそんなことをしても、凛花の弟だから大丈夫と思っているのかな。いろんな意味で……、悲しくなる夜だった。


「ひひっ、よしよし〜。美味しい?」

「は、はい……」


 頭を撫でてくれる春川さんに、俺の存在は同じ家に住む可愛いペットみたいだ。

 うん、これはペット……扱いだ。


「愛莉も入って」

「うん!」


 ナイス! 姉ちゃん。

 口には出せないけど、春川さんがお風呂に入るとしばらく平和が訪れる。

 さて、洗い物を続けよう。


「あんた」

「うん?」

「私がお風呂に入った間に、愛莉と何してたの?」

「べ、別に何もしてないけど……?」

「そう? じゃあ、なんで顔が真っ赤になってるんだよ」

「き、聞かないで……」

「まさか、渚……。覗くつもりだったのか?」

「いや、そんなことするわけねぇだろ? てか、そんなことが気になるなら俺を連れてこなくてもいいんじゃね? そもそも、女子大生二人が住んでる家に男がいるのはおかしいだろ……」

「ふふっ。こんな良いマンションに住むチャンスは滅多にないから、住んでるうちに満喫しておいて。そして、私には渚が必要だから」

「…………そうか」

「うん」


 それは……いろんな意味でありがたい。


「それにお父さんとお母さん外国にいるから、一人じゃ寂しんでしょ? 私も渚がいてくれないと、家事をしてくれる人がいなくなるから困るよ」

「…………」


 そう言いながらにっこりと笑う姉ちゃん、やっぱりそれが目的だったのか。

 まあ、家賃を含めたいろんな費用は二人で払っているから……それはいいけど。

 今はそんなことより、姉ちゃんの格好がすごく気になる。


「姉ちゃん」

「うん?」

「えっと……。あのさ、カーディガンくらい着てくれない?」

「はあ? なんの話?」

「と、春川さんにも伝えてほしい」


 頼むから、その恥ずかしい格好をどうにかしてくれぇ。

 俺も男だから、俺のことを少し意識して!


「変態」

「えっ? お、俺は……! ただ……!」

「変態…………」

「あれ〜? 二人で何話してんの? 私も混ぜて〜」


 なんで、こんなタイミングで出るんだよぉ!

 春川さん———!


「愛莉……、私の弟は……この格好が気に入ったみたいだ」

「えっ? そうなの? 渚くんはこの格好が好きだったんだ〜」

「ちょ、ちょっと! なんの話!? えっ? なんの話!?」

「ええ、渚くんのエッチ…………」

「…………」

「ジロジロ見んな。この変態」

「えっ? 俺、何もしてないんだけど———!」

「渚くん、エッチ!」


 帰ってきた時は全然気にしなかったくせに、今更……エッチだなんて!

 変態だなんて———!


 もういいよ、早くここから逃げたい。

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