シアン=フォール

 むかしむかし、人類がまだ竜と言葉をかわしていた頃。

 世界には、五人の魔女と、十三人の英雄がいて、東西南北をまたにかけ、覇を競い合っていたという。


 歴史に名を残した、十八人。

 その中でも、神話王ラプラティナ=リーエーンだけは、別格だったと言われている。


 彼女が頭角を現すのは必然だった。

 外つ国まで流布された写本が、それを如実に物語っている。


 三部構成の剣術書。

 原典は、カリブの大書庫で厳重に保管されているとのこと。


 その指南書に記された――魔法剣士のロジックを流用した神官剣士の戦闘スタイルは、それまで後衛一辺倒だったプリーストの印象を根底から変えた。


 そのような因果もあり、ラティナ流神官剣術の門弟たちは、いつの日からか神話王の剣と呼ばれるようになる。

 

 彼女の弟子は十二人いた。

 その中の一人、氷の剣精アイリス・ド=リーフィアが、初代剣聖となり、蒼き劒の一族フォール家から二代目、三代目が誕生した。


 そうして代々受け継がれてきた神話王の意思は、世界各地に広がっていき――西の王国アーラグリシャでも、神官剣士は卓抜なジョブとして重視されていた。上位職として名を連ねる……パラディンよりも、アークウィザードよりも、トリックハンターよりも。


 しかし、時流は変わる。

 いつしか、神話王の意志は、時代の波に押しやられていく。


 誰しもがそれを、学びたかったわけではない。

 そして、誰もがそれを求めたわけでもない。


 ただただ、時代が変わっていく中で、埋もれていったのだ。


 この地でもまた――同じように。

 ラティナ流剣術は、衰退の一途を辿っていた。

 自然の摂理によって。

 そして……奇行に走る、一人の少年の怠慢によって。


 シアン=フォール。

 現『剣聖』である実父、アズール=フォールの顔に泥を塗ったとされる、フォール家の長男。

 

 ここ三年、屋敷内では激しい叱咤が飛んでいた。

 この、でくのぼうめ。

 お前はできそこないだ、と。

 それもそのはず、シアンは若干六歳で神聖属性の列代魔法を会得した俊才でありながら、剣術を学ぶ姿勢を一切見せず、十五になった今でもなお――無意味な祈祷にあけくれる問題児である。


 魔法には五つのランクがある。


 上から順に、


 神代、古代、列代、近代、現代

 と、区分けされており、六歳で深淵を覗いたものは、ここ百年、王国では確認されていなかった。


 曰く、神童――それ故に、周りの期待も大きい。

 その反面、失望の声も多い。


 だが少年にとって、周りの評価はどうでもいいことだった。

 当然、父のお説教が長引くと、鬱気は増す。シアンとて、やりたいことやりたくないことを仕分けして駄々をこねる気はない、が。


 こうも思う。


 無意味なことに時間を費やすのだけはごめんだ、と。

 それが例え、当家の定めた、やるべきことだとしても。


 父はよく感情で物を言う。

 できるできないかじゃない、やるかやらないかだ、とか……そういう根性論は苦手だ。

 できないものはできない。生まれながらの虚弱体質が、そんな思想に拍車をかけた。


 掬い上げた途端に崩れ溶けてしまう、初雪。シアンを自然現象に例えるなら、正しくそれだ。


 曲線美を描いた、きゃしゃな肢体も。

 存在感をかき消す、色素の薄い髪も。

 少女のように、丸みを帯びた相貌も。

 イヤでイヤでたまらない。


 鏡に映る自分の姿はなよなよしてる。

 何を食べても太らず、重いものを持ち上げても筋肉はつかず、お世辞にも、剣の才に恵まれた体格とは言えない。

 

 魔法だけが取り柄の、できそこない。

 父の罵倒はいつも的を得ていた。胸がしめつけられる。多分、図星、だからだろう。

 居たたまれなくなり、家族や使用人との間に壁を作った。一線を引き、辟易としながら、つまらない毎日を過ごした。


 そんなとき、森の中で一人の旅人と出会った。


 バカマジメに剣術を学ぶぐらいなら、祈ってた方がマシだ、と。

 心の病をこじらせていたシアンに、進むべき道を教えてくれた恩人。


 彼が教えてくれた、――が、そろそろカタチになる。


 七年。

 およそ二千日。


 それは――なんとなく、ただなんとなく、それにすがり、莫迦の一つ覚えみたいに祈り続けた、時間だ。


 祈ることに理由なんてなかった。

 ただ、理由を欲しているときに、それを見た。

 理由はシンプルだ。

 これはきっと、後付けの理由なのだろうけど。


 網膜に焼き付けたそれが、まったく色褪せてくれなかったから。


 多分。

 おそらく。

 いや、きっと。


 祈刀師きとうしシアンの胎動は、そこから始まった。



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