祈刀師シアンは抜いている

暁貴々

第一章 アーラグリシャ動乱編

プロローグ

 時に、無意味に思えることが運命を変えるきっかけになる。

 嬉しいとき、怒りでどうにかなってしまいそうなとき、悲しいとき、物事がすべて順調に進んで楽しいとき、ふとしたタイミングでその必然は偶然を装いやってくる。



わっぱよ、何をしておる?」


「剣術が……じょーたつするように、祈ってるんだ」


 異国の剣客は思わず絶句してしまった。

 少年の返答が、あまりにも身も蓋もない話だったから、だ。


 今朝、この道を通った。

 帰りも彼を見かけた。

 あたりはすっかり暗くなっている。

 物好きな童だと思い、声をかけてみた……


 半日も費やした祈祷の答えがそれか。


 言わずもがな祈るだけでは上達は難しい――少年が、どれだけひたむきであっても。


 神頼みに、意味はない。

 拝み屋は沢山いても、行動に移せる者は百人に一人もいない。

 旅人も有象無象の一人なので、はなはだ慙愧ざんきに堪えないが……行動以前に、少年の祈りは見ていて痛々しかった。


「でも、みんなは……そんなことしても、無駄だって」


 正直、その通りだと思う。

 少年には酷な話だとは思うが。

 現実は、そう甘くない。


 旅人は胸の内のことばを寸でのところでのんだ。

 大人が子供に、正しい、正しくない、を論じるのは野暮な気がしたからだ。

 チャキリ、と。

 腰にひっさげた刀の鯉口を切り、柄に手をかける。 


「東洋の祈りは、、といってな」


「イア、イ?」


「そうじゃ。得物にを込め、落雷よりも――速く、鞘から刀身を抜く」


 その流麗な抜刀を、少年は 網膜に焼きつけた。


 脳裏に火花が散る。

 熱した鉄を、鎚で叩きつけるように。


 その日。

 その瞬間。


 のちの剣神シアン=フォールの世界は――百八十度、一変した。

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