38 決戦に備える

「シャルロット……あなたは……」

「申し上げましたでしょう。きっと、すぐにお役に立ってみせますと」


 シャルロットが不敵に笑う。

 それはまたあまり見たことのない表情で――張り詰めていた気持ちが緩み、俺は相好を崩した。今日はよく、義妹の新しい表情を目撃する日だ。


「ええ……本当に」


 頼りになる共犯者殿だ。


 彼女がそばにいてくれるだけで俺は頑張らなきゃという気持ちになれるが、やはり、シャルロットの力はそれだけじゃない。まさかブロシエル伯を味方に付けるとは。

 なにしろブロシエル伯の治めるシェルトは王都に隣接した都市だ。シェルトは大きな都市ではないが、もしも味方についてくれるのなら非常に心強い。


「……力を……貸してくれるということで良いのかしら、ブロシエル伯爵」

「ほっほ。多少悩ませていただきましたが――麗しの王女と可愛い娘の頼みとあれば断われませんよ」

「そう……。本当に、ありがとう」


 俺についても勝機があるかわからないし、たとえ勝っても国は弱体化する。彼に旨味があるのかはわからないのに味方をしてくれるということは、シャルロットがよほど頑張ってくれたのだろう。


 シャルロットは二刻前の軍議で少し考える素振りを見せていた。部屋でのアレコレのあと、どこかに行っていたのは、文部大臣と最後の交渉をするためだったのかもしれない。


「いけませぬ。女王が頭を垂れては」


「!」 

「陛下は気高いのに卑屈なところがあられますなあ。王は下の者の顔色を窺うべきではございませんよ。……そうでございましょう、宰相閣下」


 その言葉に思わずキャロルナ公に目を向ければ、彼は腕を組んだまま無感情に言う。


「陛下が未だひ弱であるは事実。であれば、いくら王でも多少の顔色窺いはできねばなりません。今の有様では臣下の方が『強い』のですからな」


(ええ〜……) 


「ほっほ、手厳しい。……しかしそうも辛酸を舐めさせようとさせるのであれば殿下・・は姪姫様を本当にイチから育てるおつもりのようですな。傀儡に自分は傀儡だと気づかせずに操るやり方をしていた、エクラドゥール公とは違って」

「私はもう王族ではない。いくら昔から私を知っているからといって、殿下はやめていただこう」


 彼と旧知らしいキャロルナ公が嫌そうに眉を寄せる。


 ……それにしても傀儡傀儡と散々な言われようである。

 だが誰も否定しないということは、王太女時代は本当に傀儡だったんだな、俺って。マジで気づいてなかったけど。


 ちょっと自己嫌悪モードに入りかけた時、「時に女王陛下」とブロシエル伯に声をかけられた。


「はい、なんでしょう」

「陛下は本はお好きでしたかな」

「え? ええ……はい、好きです。幼少より兄と共に楽しんでいたわ。学問書も物語も、貪るように読みました。書痴だと遠まわしに侍女には言われて……」

「ほうほう。では、演劇は?」

「好きです。王立劇場で見る歌劇はもちろん、お忍びで見た街のお芝居も素敵だったわ」


 一体なんの意図があっての質問なのかはわからなかったが、素直に答える。

 ふむと頷いた伯爵が、俺を真っ直ぐに見る。


「陛下。私は本心では、国務会議であなたが福祉を、貧しい子どもに教育を、とおっしゃるのを、嬉しく思っていたのですよ」

「え……」

「私が愛する文化とは、心が豊かでなければ楽しめないものだからです」


 ……そうか。まあ、そうだよな。

 飢えて渇いてどうしようもない人に、文化を楽しむ心の余裕はできないだろう。発展した文化を味わうためには、最低限余裕があって、心が豊かでないといけない。


「それに卑しい庶民には学などいらぬ、と本気でのたまう者が貴族には多いですからな。そんな国では文化は育ちませぬ。人材もです。……実際前王陛下は割合、そういったお考えの持ち主でいらっしゃった」


(ゲッ)


 やべえこの人わりと父に怒ってるよ。アンチ父多くない? なんか、何気に父王の治世が俺の邪魔してきてる気がしないか?


 ……いやまあ父って、傀儡も傀儡で、目が曇った大バカだった一年前の俺と比べても、キャロルナ公に「お前(※俺のことだ)の方がまだマシ」とか言われるような人だったわけだしな。でも、こう、なんだかなあ……。


「ただ、まだあなたは青いことを仔犬のように可愛らしく吠えるだけの女王。私はそう考えておりました」

(……つまり、やりたいことには共感するけど、俺自身が未熟すぎるから、結局聞く耳を持つ価値無しって思われてたわけね)

「ですが今上陛下はよく、臣に慕われていらっしゃる。有能な臣に心から仕えたいと思ってもらえている……そういう王は、見込みがある」


 ブロシエル伯がシャルロットを見る。その視線を受けてシャルロットが微笑み、優雅に礼をした。

 有能な臣。こんな老獪な人にそう思わせるシャルロットの優秀さを改めて思い知る。


「ですからお力添えに参りました。私も本好きな王を失うのは惜しい。

 ……我が城の兵は少ないですが、強いですぞ。何しろ私が拘り抜いて鍛えた兵ですからな。城からの支援も惜しみませぬぞ」

「……ええ。頼りにしています」


 頷き、俺は改めて将軍らに向き直る。

 シェルトが味方についたなら、話は早い。


 

「我らはシェルト前に布陣し、罠を張って、反乱軍を迎え撃ちます。

 異論がなければ各将軍は軍を編成し、直ちに陣地を構築なさい!」

「――御意、我らが女王陛下ユア・マジェスティ

 

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