39 開戦の合図
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禁軍の一部とキャロルナ公、ブロシエル伯の私兵、それから騎士団、傭兵が混じった混成軍は、とりあえずは女王軍と呼ばれることになった。シンプルだが覚えやすい名だ。
今回、女王軍が布陣したのは、『待ち』には非常に有利な地形だ。
具体的に言えば、軍が布陣した場所の西には小さな集落、その向こうには川が流れており、さらに東には小高い山があるため側面への迂回は難しいのである。つまり、集落と川、そして山が側面防御の役割を担っているということだ。ちなみに、薄くとも高い城塞に囲まれたシェルトの都市が、布陣された女王軍のすぐ背後にある。
さらに見晴らしのいい丘にいるために、向こうの騎兵には不利だろうと思えた。なんにせよ、ルネ=クロシュには重騎兵もかなり多い。――というのも、機動力ではなく重たい魔術攻撃を放つ役割の騎士は、自分が放った魔術の反動で吹き飛ばされないように、重たい鎧を身に着けていることも少なくないからだ。
ちなみに、無駄に魔術の浸透度が高いうちの国の戦術は、中世と近世と近代が入り混じったような――令和日本に生きた記憶を持つ転生者からすると、だが――複雑怪奇なもの。とはいえ、主な戦争スタイルは中世ヨーロッパのそれに似通っている気がする。生活水準自体は近代のそれっぽいのにな。
「陛下、右翼、左翼ともに準備は万端です」
「中央軍、配備完了いたしました」
「王立騎士団、いつでも展開できます」
「報告ご苦労様。下がっていいわ」
は、と緊張の混じった声で応え、伝令役が戻っていく。
俺はというと――シェルトにある城、その城主の部屋にいた。
部屋というのはつまり謁見の間であり、俺は本来領主であり城主でもあるブロシエル伯が座るべき椅子に腰かけているのである。ちなみに当の城主は右翼の指揮官として戦場にいる。
「陛下。緊張しておられますか?」
「……ええ、恥ずかしながら。半分お飾りとはいえ総司令官なんて、初めてなんですから」
そうですか、とキャロルナ公が淡々と答える。こちらは緊張など毛ほども見せない態度だった。
――シェルト城は総司令官の俺と、その補佐(実質的な総司令である)のキャロルナ公がいる、司令部ということになった。陣営にはダミーの司令部天幕を設けてあるが、機能しているのはこちらの司令部である。
「とはいえ、陛下もよく、いろいろなことを思いつかれるものです。確かに現場におらずとも、映写の魔術と通信の魔術があれば離れた場所から指示ができますからね」
「ええ……もちろん、実際の戦場をこの目で見るよりは、正確に状況を把握できないでしょうけれど。機能としては十分でしょう」
つまり司令部の仕組みはこうだ。
魔術に長けたシャルロットが前線指揮官の一人として立ち、戦場の様子を映写の魔術をここに遠隔で映してもらう。俺とキャロルナ公は、それを見て戦況を判断し、適宜通信の魔術で指示を出す。
テレビの実況中継みたいな手法なので、ここの世界の人々には目新しく映ったのだろう。実際、シャルロットくらい魔力があり、魔術の才能がなければできないやり方だ。……だがこれなら、俺や公が比較的安全な場所から直接軍に指示が出せる。
(のこのこ戦場に出て行って、敵の首狩り戦術によって秒で女王死にました、なんて冗談にもならないもんな)
もちろん通信の魔術も完璧ではないので、軍の詳しい話は伝令に来てもらうのだが。
「……シャルロットは大丈夫かしら。一人で、戦場に残してきてしまったけれど」
シャルロットは中継カメラ兼観測官のような役割のため、指揮官とはいえ直接指揮する兵はいない。一人きりだ。
「戦場といっても後方でしょう。それに、たとえ最前線におられたところで、私には殿下が怪我を負うところなど早々、想像がつきません」
「……」
いやまあ、それもそうなんだけどな。だってシャルロットはアインハードにすら匹敵する戦闘能力の持ち主だし。
魔術をうまく使えない一般の兵相手なら、誇張なしで一騎当千だろう――聖女の身分を隠しているので、派手には動けないけれども。一人きりだと言ったが、護衛なんていたら逆にシャルロットの邪魔になるかもしれない。
(でもそれと心配だって気持ちは別じゃんか)
それに、シャルロットほどではなくとも、一人で百を相手にできるような手練れは敵にもいるだろう。
上級貴族ほど魔力が多い傾向にあることを思えば、ダンネベルク公はもとより、その一族の者たちも相当強いことになる。化け物には化け物を当てるのが定石なら、シャルロットもそういう強者と戦わなくてはならなくなるかもしれない。
(……俺も行ければよかったんだけど、戦場に)
まあ、そんなことはできないわけだが。王子ならばともかく王が、しかも女性が戦地で戦うことで兵を鼓舞するなど危険すぎる、無謀だ、とキャロルナ公ならそう言いそうだ。実際、無謀だしな。
「大人しくお待ちなさい。あなたも、効果的な罠や陣形をよくご提案成された。あの軍がそう簡単に敗れ去ることもないでしょう」
「キャロルナ公……」
珍しくちょっと褒めてくれてる。もしかして励ましてくれてるのか?
こんな時ではあるが少し嬉しくなったその時、甲高い笛の音が映写の魔術から聞こえてきた。――戦に敵が到着したことを知らせる合図だった。
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