37 ブロシエル伯
*
そういえばクッキー食べ損ねたな。
軍議のために改めて集まったところで、ふとそう思った。なんとはなしにシャルロットをちらりと見ると、すぐさま視線に気づいた義妹はにこりと微笑みを返してくる。
そして爆速で目を逸らすヘタレこと俺。
(く、だめだ……いろんな意味で目が合わせられん……)
イイ感じで話を終えたとはいえ、それまでのアハンなあれこれ(別にそこまでいかがわしいことはしてないが。……してないよな?)がなくなったわけではない。
本当に、あの一連の会話はどういう意図があってのものだったんだろう。意味深なことを言われたせいで魔力譲渡のちゅーが凄まじくエロティックな感じになってしまったじゃないか。今回ばかりは俺の煩悩が生んだ自意識過剰じゃないよな? シャルロット、なんかあの後わりとあっさりとどっか行ったけど。ずっと俺だけ悶々してたけど!
「……陛下、大丈夫ですか。少々上の空のようだが、何かありましたかな」
「あっ、えっ、ごめんなさい! 何も、ないです。ええ、何もなかったわ」
「…………。シャルロット殿下、何かありましたかな」
「何もございません」
「……。左様ですか」
面倒くさくなったらしいキャロルナ公は突っ込んでくるのをやめ、改めて俺の傍らに立ち、将軍らの顔を見回した。
「さて、所定の時間となった訳だが。何か新しい案を思いついたものはいるか。今回の作戦についてだ」
だが、その声によい反応を見せる者はおらず、キャロルナ公と俺は揃って眉を曇らせる。
将軍と騎士団長は、それぞれチラチラと視線を合わせて周囲の様子を窺っている。
「……いないか?」
(やっぱり、難しい状況なんだろうか)
将軍とそれぞれの参謀が頭を悩ませても何も光る案が出てこないほどに。
「陛下方、そして閣下。我らもそれぞれ、新しく案を練ってみましたが、やはりとても強力な打開策というものはなかなか思いつきませなんだ」
「王都とその周囲の都市が問題ですな。周辺都市の領主たちが旗色を明確にしていないとなると、やはり数的劣勢を覆すには、王都の門内に閉じこもり、守城戦を試みるしかないのでは?」
「門が抜かれれば負けが決定してしまう恐れがありますが……。それに魔術に長けた貴族達が反乱軍に多いことを加味すると、守城戦はなかなかに難しい策ではあります」
「……なるほど。三万もいれば、都市空襲ができるくらいの数の魔術使いがいるか」
(えっ)
はい、と騎士団長が頷く。
空襲、という言葉に俺は面食らったが、よく考えればそうか、ない話じゃないよな……。
(この世界には飛行機なんてものはないけど、爆弾くらい魔術で生み出せて、空を飛べる人間はそこそこいるんだもんな)
使い手によっては下手な爆撃機よりもタチが悪いかもしれない。
いくら平民も多少魔術を使えるのがルネ=クロシュの国民性とはいえ、いくら何でも上空からの爆撃を防御魔術で防ぐことができる者はそういないからだ。
「……短時間であれば、わたしが王都全体を包み込む結界を作ることはできますが」
「アルベルティ侯爵とその軍勢の帰還が頼りのこの戦いでは、戦いを負けずに長引かせることが肝要。短時間では意味がありません」
「……そうですよね……」
それだって、王都守護の結界なんて張ったら、さすがにシャルロットから預けてもらっていた魔力が一発でなくなる。
(王都が陥落したら国は終わる……。それを避けるなら籠城はやめた方がいい。けど王都周辺に数的不利を覆せるような地形はない……)
一体何が最善だ?
どんな陣形で対応すれば持ち応えられる?
「……陛下。宰相閣下。一つわたしに考えがございます」
「シャルロット?」
不意に発言したシャルロットに驚く。キャロルナ公も意外だったのか、「なんですかな」と片眉を上げた。
「実は陛下がリェミーで隣国と交戦しているという情報を得てから、王女として動き、王家とより緊密な連携を取れないかとわたしから打診している家があるのです。ですから、もしかしたら――」
「王女殿下。そこからは、私が説明いたしましょう」
――不意に。
聞き慣れぬ声が耳に届き、俺は思わず会議室の入口を見た。
そして、そこに現れた男を見て、シャルロットが、「ようやく決めていただけたのですね」と喜色の滲んだ声を上げる。
「よくぞ来てくださいました、ブロシエル伯!」
「ほっほっ。お待たせいたしましたの。麗しの姫君」
シャルロットと同じ年頃の娘を持っているにしては年配の、恰幅のいい男。
白い髭をたくわえ、柔和な表情と糸目が特徴の彼は――この国の文部大臣である。
「伯爵?」
「ブロシエル伯……文部大臣閣下か?」
どうして文官の中の文官が
(いや……確かに今は文官だが)
聞いたことがある。子供の頃、稽古をつけてもらっていた近衛騎士たちから、噂を。
若い頃は騎士団で相当鳴らした腕利きが、文部大臣をしているのだと――。
「……そういえば、ブロシエル伯爵令嬢とシャルロット殿下はご友人同士でしたな」
「ええ……」
政務が多忙でなかなか社交に精を出せない(というかそもそも女子の会話に入るのが苦手な)俺に代わって、シャルロットは王女として女性の社交に力を入れてくれていた。
そこから得た繋がりか。
「お義姉様。いいえ、陛下。
わたしは少し前からこんな事もあろうかと……いえ、まさか反乱などということが起きようなどとは思ってもいませんでしたが……有事の時にお力添えをいただければと思い、文部大臣閣下に話をしていたのです」
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