36 進歩
美少女だとか聖女だとか女主人公だとか推しだとか、そういう枠組みでなく、
――そういう、幻聴を聞く。
「わたしはずっと、お義姉様がわたしを通して、
「あっ……」
耳元でささやかれ、身体が自然と、強張る。
「ねえお義姉様、今ここであなたに触れているシャルロットを見てください。他の誰かではなく、わたしを、です。
同様に、彼の
あの男のあんな無礼を許すのはこれきりですけれど。
そう言って、シャルロットは可憐に――妖艶に笑った。
シャルロットって、こんな表情もできたんだな。
ぼうっと見惚れていると、シャルロットの顔が近づき、唇に唇が触れた。
驚いたのも束の間、魔力が口から流れ込み、身体を満たす。
「……今は義妹でいいのです。わたしは、それで充分幸せですので」
「シャルロット……」
「けれどこれだけは知っていてくださいませ。――わたしはお義姉様が大好きです」
「……」
大好き、か。
そういえば、これほどはっきりと好意を伝えられたのは初めてかもしれない。
お義姉様もあなたが大好きよ、と、微笑んで返そうと思った。けれどうまく言葉が出ずに、俺はマヌケにも口を開け閉めするしかなかった。
「……ふふ。大好きよ、と、すぐに返ってこないあたり、少しは進歩があったと思っていいのでしょうか」
「え……」
「いつものお義姉様はわたしの言葉に動揺なんてあまりなさいませんものね。……まあお義姉様は恥ずかしがり屋でもあられるから、多少慌てたりはなさるけれど」
微笑んだシャルロットが身体を起こす。
俺も半ば茫然としながら上体を起こし、黙ったままベッドに腰掛けた。頬が熱く、思考はまだ冷えない。
「お義姉様」
「……、なあに」
「わたしを
……それに、もしも万が一があっても、先に死ぬのはわたしです。お義姉様は後から追ってきてくださいませ」
「ちょ、ちょっと……」
聖女が何を言い出しているのか。
たとえ俺が死んでも
「お義姉様。こう言えば優しいあなたはお怒りになるでしょうけれど」
するとふと、シャルロットの瞳が、深く、冷たく沈んだ。
紫の瞳が昏く底光りして、俺は少し怯む。
こんなに冷たい目をするシャルロットは久々に見た。
「――わたしは大切な
「……っ」
冷徹な声。
唖然としかけるが、もともと、シャルロットはこういう苛烈で冷徹な部分も持ち合わせていたのかもしれないと思い直す。
……原作のシャルロット・アンベールだって、確かに優しくて穏やかな性格だった。しかしいざディアナと対峙した時は徹底的に蹂躙し、国さえも魔族と共に滅ぼしたのだ。
「聖女にも、王族にも相応しくない考えであることは自分でも理解しております。お義姉様、けれどわたしはどうしても」
シャルロットが俺の手を両手で包む。
昏く鈍く光っていた紫色の瞳が、今度は決意の光を宿す。
「あなたの治めるこの国を、あなたのおそばで永く見ていたいのです」
ですから必ず、この試練を破りましょう、とシャルロットは言う。
俺は改めてその笑顔に見とれて――それから、自分でも笑って頷いた。
「ええ。必ず」
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