35 目を開いて
ようやく罪を贖える、と、シャルロットは恍惚と言う。
「罪だなんて……わたしは」
「いいえ、罪です。わたしは自分の早とちりでお義姉様を苦しめてしまった。それが善意であろうと関係ございません。
それに――元より、大恩ある身です。聖女だなんだと言いながら矮小な身ではありますが、あなたを支え、守ることが、わたしの本意」
シャルロットが微笑む。
機会をいただいて、心から、幸甚に存じますと――そう言うのだ。
(大恩なんて。俺がお前を助けたのは所詮、打算からだったのに)
慕ってくれていると実感する度、そのことが針のように胸を刺す。……気にしているのは、もはや俺だけなのかもしれないが。
俯いていると、「ねえお義姉様」と呼びかけられる。
ゆっくりと顔を上げると、いつの間にか立ち上がっていたシャルロットに腕を引かれた。
「こちらへ」と、シャルロットにしてはやや強引に引っ張られていき、寝台までたどり着く。――ふわりと甘い香が鼻腔を刺激した。
「えっ、しゃ、シャルロット……わっ」
戸惑っていると、肩をとんと押されて、気づけば二人して寝台に寝転がっていた。
年下の女子に一押しされて崩される体幹に衝撃を受けるよりも先に、いつかの『添い寝』宣言がいつの間にか成されてしまっている状況に愕然とする。
(あ、お、わ、わ、わ……)
すぐ目の前に、女神のように美しく、愛らしい、見るものすべてを虜にしてしまうような可憐な顔貌がある。
最高品質の紫水晶のような、あるいは星空を閉じ込めた夜空のような濃紫には、吸い込まれそうな魅力と色香がある。
「ふふ。昔はこうして、同じベッドで一緒に眠ってくださいましたよね」
「あ……」
「城に来ても、実家で虐められていた頃の悪夢を見てばかりで、なかなか一人寝ができなかったわたしを、こうやって抱きしめてくださった。……それが泣き出したくなるくらい、嬉しかったのです」
そして、ぎゅうと抱き着かれる。
(ギャーーーーーーッッ!)
パニックである。
いいことを言ってくれているのだろうが、こちらにはそんな心の余裕はない。
(究極美少女の部屋で究極美少女のベッドに二人で寝転んでしかも抱き着かれている――!)
やべえ柔らかい。
柔らかくていい匂いがする!
はっきり言って破壊的過ぎるシチュエーションだった。青年漫画でなくても、ちょっと過激なラノベなら何が始まってもおかしくないぞこの状況。
「……お義姉様、お顔が真っ赤です。恥じらっていらっしゃるの?」
「しゃ――シャルロット、放して……」
「お可愛らしい……」
(ひええええええええ)
抱きしめられたまま至近距離で見つめられて失神しそうだった。心なしかシャルロットの瞳はうっとりと蕩けていて、その瞳を見ているとこちらの脳まで溶けてしまいそうだった。
「……お義姉様は、わたしがアインハードを庇った時、驚いたお顔をしていらっしゃいましたよね。それほど、意外でしたか?」
「え……?」
意外な質問に、ゆだりそうな思考が少し元に戻った。
目を瞬かせると、シャルロットは少し切なそうに微笑んでいた。
「確かにわたしはあの男が気に食わないのですけれど。でも、彼とわたしは少し似ているから。だから……どうしても放っておけなかったのです。あの時、きっとわたしは彼を庇うことで、自分の心を守ろうとしていたのでしょうね」
「あなたの心を、守る? どういうこと……?」
「お義姉様」
シャルロットの身体が離れる。体温が遠くなっていろいろな意味でほっとすると、今度は、仰向けになった顔の横に手が置かれた。見上げればシャルロットの顔がある。
これじゃあまるで押し倒されて、覆いかぶさられたような恰好だ。そのことに気がついてまたパニックになりかける。
「本当に、わからないのですか、お義姉様。アインハードの気持ちも、……わたしの心も」
「ちょ、ちょっとシャルロット……! 近い……!」
「それとも、わかろうしていらっしゃらないの?」
(な、なんなんだ、さっきから! 姉妹の触れ合いにしちゃ……空気が変じゃないか!?)
こっちは前世からろくに彼女なんていたことなかったんだぞ! 刺激が強すぎる!
しかしシャルロットはこちらの動揺なんか気にせず、するりと髪に触れ、頬に触れる。動作の一つ一つに艶があり、ただただ呆然と見入ることしかできなくなる。
年上のえっちなお姉さんに責められるエロ漫画の高校生ってこんな気持ちか? ……だめだ、このままじゃ思考回路がイかれてしまう。
「何を考えていらっしゃるのですか、お義姉様」
「えっ」
「気を散らさないで。
――どうか、今あなたの目の前にいるシャルロット・リュヌ=モントシャインを見てくださいませ」
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