34 義妹の喜び


 *




(お姫様の部屋じゃん)


 シャルロットの部屋に案内されて一番に抱いた感想がそれだった。自分だってお姫様だったくせにバカの感想である。


 豪奢だが決して下品でない調度品の数々。薄紫と薄桃の天蓋つき寝台。あ、クロゼットの上にいつだったか俺がプレゼントしたぬいぐるみがある。大事にしてくれてるんだなと思うとちょっと照れる。


(やっべえ、やっぱいい匂いする。フローラルでファビュラスな匂いが……)


 十年以上お姫様(女王様)やってるのに変態か俺は。ごめんシャルロット。


「ごめんなさい、お義姉様。わざわざお越しいただいて」

「とんでもない。……お茶もいい香りね。お誘いありがとう」

「気に入っていただけて光栄です」


 王族の私室は広いので、ゆっくりお茶をしてまだスペースが余る。

 なので、俺とシャルロットは、シャルロットの侍女たちが整えたのであろうティーテーブルとチェアでまずお茶を楽しんでいた。変態みたいなことなんて欠片も考えていませんよという顔で、薬草茶ハーブティーを飲む。


 お茶請けまであらかたセットし終えたシャルロットの侍女が、一礼して部屋を出て行く。俺はそれを見送りつつ、部屋に二人っきりだなあ、と他人事のように思った。

……そう。いつの間にか、シャルロットの部屋には、シャルロットと俺だけが残されていた。


(……もしかして、この子)


 目の前で優雅にティーカップを持ち上げ、お茶を飲んでいる義妹を見遣った。


(俺と二人で話したいことでも、あったのか?)


 誰かに聞かれては困るような。人払いが必要な、そんな話――たとえば、『聖女』として、これからどうするかなど。


「シャルロット」

「はい、お義姉様。あっ、そうだわ、こちらのクッキーはいかがでしょう。このジャムは酷使した魔力回路を癒すための成分が豊富な果実から作っておりまして、」


「……。何か、二人で話したいことがあったのではないの?」


 努めて穏やかな声で問うと、嬉々とした顔でお茶請けの説明をしていたシャルロットが、ぴたりと動きを止めた。そして、困ったように微笑んだ。


「……やはり、おわかりになりますか」

「ええ。こんな状況になってしまったし、わたしもあなたと二人で話さなければならないことがあると思っていたの」


 もちろんクッキーはいただくわ、と付け加えると、シャルロットは嬉しそうに「はい」と言った。どうやら、密談をしたい、という思いのほかに、一緒にゆっくりお茶をしたいという想いがあったことも事実のようだった。


 シャルロットと二人、協力して防音の魔術を部屋全体にかける。この魔術の精度であれば、中の話は外の誰にも聞こえないだろう。


「……今回の反乱は」


 魔術をかけて再び席に着き、口を開く。


「一体、どういう目的があるのでしょうね。わたしたちが隠してきた月の神子の秘密を知っていたことについても、何故知っているのか、不明。ハッタリかどうかさえはっきりしない……」

「……お義姉様はやはり、秘密を知る何者かが、反乱軍に情報提供をしたとお考えですか?」

「そう、ね……」


 俺は結局のところ誰を疑っているんだろう。


 秘密を知るのはシャルロットとアインハード。気づいていそうなのはキャロルナ公か。アインハードが今さら裏切って情報を売ったか、キャロルナ公が確証がない情報を流し、反乱軍と女王の潰し合いを狙ったか。シャルロットが今さらながら俺を嵌めようと? あるいは死んだエクラドゥール公爵から俺たちの秘密を聞き出した貴族がいたか。


 どれもあり得ないようで、あり得ないとは言い切れない可能性だった。――裏切るなどと考えもしていなかったエクラドゥール公爵が、俺を裏切っていたように。


「お義姉様は……やはり今は、誰のこともやすやすと信じられませんか?」

「そんなことは……」


 ない、と言い掛けてやめた。嘘をつくべきじゃないと思ったからだ。


「いいえ、そうなのでしょうね。わたしはまた誰かに裏切られることを恐れている」

「お義姉様……」

「慎重も王には必要な資質なのでしょうけれど、わたしのこれはただの疑心暗鬼に溺れているだけだわ。自分でも、わかっている」


 そもそも俺の性質は慎重とは程遠い。自分でも無茶ばかりすると思っている。そしてだいたいアインハードに迷惑を掛けるのだ。


 側近として奴は、俺の無茶によく応えてくれていた。自分とそう年の変わらない小娘にこき使われているのに、嫌な顔もせず。


「……それでも。わたしのことは、おそばに置いたままでいてくださって、ありがとうございます」

「いいえ、むしろ、死地に残してしまってごめんなさい。本当は、どこか安全なところへ逃がしてあげたかった。けれど……」


 どうしても、シャルロットの力だけは必要だった。そうでなければ、『かもしれない』ではなく、本当に死ぬだろうという予感があった。


 俺は死ぬ覚悟はあるが、絶対に死ぬ場所に飛び込みたいわけではない。女王に即位したその時から、約束りそうのために、最後まで足掻く覚悟だけはしたかった。


「――それ以上おっしゃらないで、お義姉様」

「シャルロット」

「わたしは本当に、心から、嬉しいのです。……わたしが始めてしまった舞台うそなのに、お義姉様はわたしを危ない場所から遠ざけようとなさるかもしれないと、ずっと危惧しておりましたから」


 シャルロットが、机の上の俺の手に触れる。手袋越しに、義妹の体温が伝わる。


「嬉しいのです。……きっと、お義姉様はおわかりにならないでしょう。わたしがお義姉様をおそばでお守りできることが、わたしにとってどれほどの喜びか」

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