33 後悔なんてしていない
退出していく将軍らを見送り、会議室には俺とシャルロット、それからキャロルナ公の三人だけが残った。
重い沈黙は何も、思わしくない状況のせい、というだけではないだろう。
「……聞かないのですね、何も」
思わず、呟いた。
誰に対しての言葉なのかは、わざわざ口に出さずとも明白だ。
「何か聞いてほしかったのですかな」
「……いいえ。ただ、少しだけ意外で。わたしが彼を還したことを、あなたはあまりよく思わないのではないかと思ったものですから」
キャロルナ公爵は俺の無能さをよく知っている。だが、求心力だけは評価してくれているように思えた。――傑物が味方にいるなら手放さないように、と言っていたように。
「ここまで来ると、他国の王族を王のそばに置いておくには懸念が多いでしょう。見て見ぬふりも、潮時でしたでしょうし、誤った判断をなさったとは思っていない」
「やはり、彼の正体にお気づきでしたか」
「あなたが一体なぜ、あれほどの魔族を手懐けられたのかはわかりませんでしたがな」
まあ、それは俺も同感だ。
俺は正直力もないし、頭も別にいいわけじゃないし、女王としてだってあいつにもたらせる益なんてたかが知れてそうだもんな。
「とはいえ、正体が露見してしまう危険性を考慮すれば、戦力として前に出すわけにもいかない。万が一を考え送り返してしまうのが吉でしょう」
「彼は一応魔国の間諜なのですよ? 殺してしまえばよかったのにと、そうはおっしゃらないのですか?」
「大陸最大の国オプスターニス。その国土の半分を支配する魔国の王太子を果たして殺せますかな。それに、強力な保険もあるのでしょう。あなたの本意ではないのでしょうが」
従属の契約のことまで知っていたのか。とはいえもうその保険は消してしまったわけだが。「……よくご存知ね」
「ご存知ありませなんだか。私は魔力感知には少々自信があるのですよ」
そうですか、と応える。
俺が魔力制御の腕に覚えがあるように、キャロルナ公にも得意なことがあるらしい。力をひけらかすタイプの人間じゃないキャロルナ公が言うのであれば、相当な実力を備えているのだろう。
(魔力感知、か)
だとすればこの人も、やはり俺とシャルロットの真実を知っているのかもしれない。
――本当に、誰を信じていいのかわからないな。
「しかし陛下」
「なんですか」
「後悔はしていらっしゃらないのか」
「……後悔?」
私も人を見る目くらいはあるつもりでいる、とキャロルナ公は言う。彼は確かにあなたの腹心だっただろうと。
そうか、と思った。
この人の目にも、そう映っていたのか。
「――していませんよ。わたし自身が決めたことです。……それに、彼の立場を考えても、いつまでもわたしのそばに縛っておくべきではない。手放すのは早い方がいい」
アインハードに依存する前に、離れる。
俺は間違っていない。後悔なんてするはずがない。
「……左様ですか。であればよろしい」
「ええ」
「ただ、あなたも少しは休まれよ。昨晩はそう眠れなかったご様子。化粧で、目の下の隈が隠しきれていませんよ」
マジかと思って目の下に触れた。
シャルロットがやや顔を顰める。
「……宰相閣下。女王陛下に対してあまりに直截な物言い、失礼ではございませんか?」
「虚勢であれど万全だと見せなければみっともないと言っております。時間がないのだからとっとと疲労を癒してこられよ」
鼻を鳴らして、宰相も会議室を出て行く。
心配してくれているのかそうでないのか……と苦笑いしながら、俺はシャルロットに目を向けた。
「わたしたちも行きましょうか、シャルロット」
「……はい、お義姉様。ああ、もし少し休まれるでしたら、その前にわたしの私室にお寄りくださいませ。侍女が疲労回復の効果がある薬草茶を常備しているのです」
「まあ、そうなの?」
えっ、シャルロットの部屋?
こんな時だがちょっとドキッとしてしまう。
そういえばある程度齢を重ねてからは、あまり行ったことなかったかも。子どもの頃はよく行き来してたけど、途中から俺が敬遠してたからな、女の子の部屋(いや俺の部屋だって『女の子の部屋』に違いないわけだが)なんて気まずいし……。
(まあでもせっかく誘ってくれてるんだし。この機会を逃したら、そうそうゆっくり話せる時間も取れないかもしれないもんな)
俺は微笑んで頷いた。
「なら、せっかくだもの。お邪魔させていただくわ」
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