32 軍議
*
翌日。内廷の小会議室には、俺とキャロルナ公、シャルロットに加え、王立騎士団長及び二人の将軍が集まった。つまり軍主力を担う指揮官を招聘した女王陣営司令部初めての軍議である。
「反乱軍が動き出しました。朝、ダンネベルク公領を出発したとのことです」
「そう」
思ったより早いな。
王立騎士団団長グランツ侯の報告を受け、俺は顎に手を当てた。数で有利だということは反乱軍もわかっているだろうから、大胆に来るかとは思っていたが、朝から動くか。
「問題は、これからの行軍でも賛同者が増えそうなところです」
「……やはり、エウラリア・エクラドゥールを謀殺したのは女王だと言いふらされていますか」
「それどころか、噂に尾ひれがつき、真の聖女はエウラリア・エクラドゥールであったのに、その力を王家の宝玉を使って奪い切ったため、用済みとして殺した……という流言飛語まで飛び交う始末です」
(厄介な……)
情報工作ではもう完全に後手後手だな。
女王の『悪行』を吹き込まれた民は女王を斃さんと剣を取るだろうし、そして噂を信じた神官の一部も、ふざけるな詐欺師めと刃を向けてくるだろう。
「まったくもって無礼極まりない。陛下の玉体に、聖女の証たる月の聖痕があることは、儀式で専属の侍女を務めるわたしがよく知っています。それとも彼らは女王と王女、どちらのことも疑うのだと宣言しているのかしら?」
「シャルロット殿下……お怒りはごもっともです」
(……シャルロット……)
真っ直ぐ背筋を伸ばしたシャルロットの視線はぶれない。
……そうだ。ここで揺らいではならない。
一度偽ると決めたなら、それが皆の『真実』になるまで貫くべきだ。
俺は背筋を伸ばす。
「……各将軍、騎士団長。もう試みているかもしれませんが、女王が偽の聖女であるということ、女王がエウラリア・エクラドゥールの謀殺を企んだということは、真っ赤な嘘だという事実を徹底的に広めなさい。後手に回ったからといって、やれることはあるはず」
「ハッ!」
「特にエウラリア・エクラドゥールの死に関しては反乱軍の自作自演(マッチポンプ)。少し調べれば、女王たるわたしが直々にエウラリア・エクラドゥールの助命を訴えた証が出てくるはずです。殺したいのならその時に殺しているはずだ、謀殺だと言われていることそのものが陰謀なのだと、部下らに声高に叫ばせなさい」
承知しました、と打てば響く鐘のような返事。――頼もしいな。アルベルティ侯爵も、いい人材を残していってくれたようだ。
「……この分だと、ぶつかるのは明後日頃になりそうですな」
キャロルナ公が呟く。
確かに。迎え撃つ場所によって前後するだろうが。
「急いで軍を展開しなくては……」
「しかし、陛下。いずこで迎え撃ちましょう。待ち伏せるより、いっそ打って出ますか?」
「王都の城門は国門と同等の厚さ、堅さ、高さを誇ります。守城戦としますか」
「だがもし王都に籠るとなると、万が一城門を開けられたら一巻の終わりですぞ」
「……」
俺は黙って王都周辺の地図を見つめる。
数的不利を覆すことができる地形や場所に布陣すべきだ。
どこかの城壁内に籠もって守りに徹し、ただひたすら軍主力が東部から戻ってくることを待つという手もある。
(王都のすぐ近くにある都市は、文部大臣ブロシエル伯の治めるシェルト、商家とつながりが深い裕福な子爵の治めるルゲンか……)
この国において一定以上民を擁する都市は、ほとんどが城壁に囲まれているので、守りやすさに差はあれど、一方的に攻められるだけの都市はない。だから時間稼ぎにはどこかの都市に籠もらせてもらうのは悪くない手なのだが、あいにく周辺都市に女王派と銘打った貴族の都市はない。ブロシエル伯の令嬢はシャルロットと仲が良かったが、ルゲンを治める子爵と王家とのつながりは希薄だ。
「難しい問題ですな」
「ええ……」
早く作戦を決めなければ命とりになる。だが、拙速もいけない。打ち出す作戦は最良のものでないと。
「――誰か、この作戦ならば! と自信を持って言える者はいるかしら」
軽く将軍らを見回すが、表情は暗い。そりゃあそうだよな。
キャロルナ公も難しい顔だし、シャルロットも何かを考え込んでいる様子で発言はない。
「……わかりました。とりあえずここで唸っていてばかりでも仕方ないわ。皆、今は自軍に戻り、軍師や参謀と共に案を練り直してきて下さい。時間がないのはわかっているから短いですが、再考の時間を取ります」
「陛下……」
苦々しい顔をする女王軍の指揮官たちに、笑いかける。
大丈夫じゃないと思っていても大丈夫という顔をしないとな。俺は総司令官なんだから。
「わたしもよい案がないか考え直します。二刻後、再招集するのでそのつもりで」
「御意」
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