28 手放す覚悟




「なるほど。アルベルティ侯の信を得ましたか。お見事です」

「……ありがとう。ギリギリだったように思えますけれど」


 淡々とだったがキャロルナ公にそう称賛されて、俺は苦笑を返した。本音でぶつかってなんとか、といった具合であったし、そもそもあれはキャロルナ公の存在ありきでの信頼だったような気もして、素直に喜べない自分もいる。


 軍務大臣と話をし、改めて女王の執務室でキャロルナ公と向き合い、改めて実感する。エクラドゥール公爵が宰相として権勢を振るっていたその間、彼はずっと、雌伏の時と力を貯めていたのだと。


 ――さて、女王の執務室に集めたのはキャロルナ公、シャルロット、アインハードの四人のみだった。この場では、アインハードも護衛騎士とはいえ発言を許しており、この四人がもっとも俺に近しい臣下、ということになる。


(ただ、信頼できるか――というと、怪しいのが残念だが)


「あれから何か動きは」

「既に反乱軍は五万に上ると。どうやら貴族のみならず民からも人を集めているようです」

「わたしの従者からもいくらか報告が上がっています。首謀者の貴族たちが自領の民に、陛下の悪評を吹き込み、扇動しているらしいと……」

(五万。しかも、正規の兵だけでなく……)


 貴族でなくても、軍属となっている平民が参戦する可能性は考えていた。だが、一般市民までが巻き込まれることになりそうだと知って、苦々しく思う。


「対して、こちらがすぐに動かせる兵は」

「ノヴァ=ゼムリヤに禁軍の兵を割かねばならないので、せいぜい一万五千、といったところでしょうか。最も近い我が領の兵を寄越してなんとか二万ですな」

「反乱軍の半分以下ではありませんか!」


 シャルロットが目を剥く。

 アインハードが皮肉に笑い、「リェミーの再演ですね」と言う。


「あの時は神殿に出向き援軍を請いました。今回は援軍の当てはあるのでしょうか」

「……残念だけれど、女王派を称している貴族の領地は遠く、中央への派遣が間に合うとは思えないわ。キャロルナ公派の貴族も、王都近くにいるにはいるようだけれど……」

「ふん。どうも我が国の貴族は、日和見が好きと見えますな。勝ち馬に乗りたいと考えるのは人の常ではありますが」


 せめて高貴なるものとして、はっきりとしてもらいたいものだが、とキャロルナ公が吐き捨てる。


(確かに、決断するのは怖いよな)


 どちらにつくかでこれからの自分の将来が決まる。戦の経験がほぼない当代の貴族たちは、余計に怖いだろう。乱世に生きる貴族と平和を生きる貴族では感性が違う。


 ――だからこそ、皆、俺につくのが恐ろしいだろう。


 ここ数代の王には名君も賢王もいなかったが、それでも反旗を翻されるようなことはなかった。――貴族は皆、俺の王としての資質を疑っている。特に王城に伺候することがほとんどない貴族たちは、そもそもどちらにつくべきかわかっていないのだ。


 見極められている。

 重臣に反旗を翻されているこの瞬間さえも。


(気が抜けないな。ひと時でも)


 今更、肩の力を抜く気もないが。


「……宰相、反乱軍が擁立する新王や、『真の聖女』について、新たにわかったことはありませんか」

「いいえ。奇妙なことにそこがわからない。反乱を起こすのに肝心なところであるはずなのに、不透明なままだ。『真の聖女』とやらについても、同様です」

「そう……」


 横目で見れば、シャルロットは幾分か緊張した面持ちだ。そうだろう。俺たちにとって、最も触れられたくないところに、この反乱軍は触れてくれたのだ。


(本当に、一体誰が俺をニセ聖女なんて言い出したんだ? それを知ってるのは、アインハードとシャルロット、それからエクラドゥール公爵だけのはずなのに)


 とはいえ、この謀反において『真の聖女』は別に必須ではない。大切なのは、俺が『偽の聖女』であること、聖女を騙る詐欺師である女王ではなく、他に相応しい『真の王』がいるということ。――だが、大義名分としての、彼らが擁立する『真の王』が、いつまで経ってもわからないままだ。


「とはいえ少しはわかったこともあるわね。エウラリア・エクラドゥールを殺したのは恐らく、反乱軍の手の者でしょう」

「……なるほど。だからわざわざ『女王の御為に』と」

「ええ」


 俺はエウラリアを殺してほしいなどとは一度たりとも考えたことはない。だというのにあんな犯行声明文が残された放火があったのだ。だとすれば、『エウラリア・エクラドゥールを殺したい女王』の像を作る必要のある者らの仕業と考えるべきだ。


(クソみたいなマッチポンプに、エウラリアの命を使いやがって)


 あの火事で、どれほど死んだと思ってる。


「……わたしが不甲斐ないせいで、エウラリア様を巻き込んでしまった」

「お義姉様……」


 唇を噛み、拳を握り込む。

 悔しかった。――俺は自分の不甲斐なさで、兄だけでなく、兄の大切な人まで死なせてしまった。


 だから。

 この反乱をどうにかしないと、俺は兄に合わせる顔がない。


(けどな……)


 五万対二万か。精鋭である王立騎士団を東部に連れて行かず、多く残してくれる予定とはいえ、なんという数的不利。一万対三千よりはましか? だが、三万人の差という数字にはもっと大きな意味があるようにも思える。


(ハ。今度こそ死ぬかもしれないな)


 もちろんそう易々と死ぬつもりはない。生き残れと、アルベルティ侯爵にも言われた。俺にもやりたいことがあるし――何より、シャルロットは必ず守りたい。

できるなら国外へ逃がしてやりたいが、本人は了承しないだろうし、宰相も許さないだろう。宰相は薄々、シャルロットの『力』に気付いていそうだしな。


 ――だが。


「宰相。とりあえず、明日は早急に軍を揃えましょう。いつでも対応できるように、将軍とも話し合いの場を設けなくては」

「承知いたしました」

「今日は眠り、各自これからに備えなさい」

「はっ」


 死地に臨むからこそ。

 そろそろ、俺も覚悟を決めなければならないだろう。


「ただ、イーノ・スターニオ」

「……はい?」


「あなたはここに残りなさい」



 ――この男を、手放す覚悟を。

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