27 強力な味方
「可能性はあるでしょうな」
軍務大臣が髭を弄りながら片方の口角を上げた。
「あなた様から王位を奪って以降、ダンネベルク公が何をしようと考えているのかは知らぬが……少なくとも向こう側に内通者はいると想定すべきだ。何しろ外務大臣もあちらの陣営。隣国と通ずるなどそう難いことではあるまいよ。キャロルナ公とて万能ではない」
「そうね……」
「そして自然、向こうの陣営はあなた様の東部視察も知っていた」
「ええ……知っていたのはキャロルナ公と、それから……視察を話題に出したのは司法長官……」
他にも多少はいたが、司法長官――は、内通者としてありえそうだ。何せ彼はダンネベルク公の傘下だ。
(……ん? 待てよ)
――頷きながら、ふと。
あの、黒焦げの修道院の門柵にかけられた白い布を思い出した。
死んだエウラリア。わざとらしく女王の御為と書き殴った赤い文字。女王がエクラドゥールの血筋を嫌悪し、それを汲んで外法な死を与えたとでも言いたげな犯行声明文。
そしてエクラドゥール公爵の死は、女王の陰謀だとする反逆の声明。
(まさか……あれは……あの放火は――)
「……陛下。どうなさったか」
「あ……」
軍務大臣の声で我に返る。
……だめだ。今は、俺は彼を味方に乞うている状態なんだ。余計なことを考えている暇はないだろ。
「いいえ。ごめんなさい、少し……考え事を」
「お顔の色がよろしくない。……何か悪いことにでも思い当たりましたかな」
「それは……」
「まあ、今はよろしいでしょう。……それで、助力の件ですがな」
「!」
慌てて居住まいを正す。
緊張しながら侯爵の顔を見つめれば、彼はにいと笑った。
「――よろしい。儂はあなた様に賭けましょう」
「侯爵……!」
「
「ありがとうございます……!」
安堵で腰が抜けそうになる。
これで、なんとか反乱軍に対応出来る。後手に回ったが、彼の指揮する軍さえあれば――。
「油断めされるな、女王」
「え……」
「リェミー侵攻。あなた様は先鋒を撃退しただけ。つまり、我らはノヴァ=ゼムリヤの方もどうにかしなければならぬということです。内憂にかかずらっている間に外から蹂躙されては敵わぬ」
それはその通りだ。
いや、だが、それでは――。
「そう。……儂は軍を連れて東部に向かわねばなりませぬ。陛下ご不在時、既にキャロルナ公とその準備を整えております」
「宰相と……それでは」
「対反乱軍には、多くの軍を残すことはできませぬな」
(くそっ……そんな!)
いや、だが――言っていることは、おかしくはない。
最悪俺は死んでも取り返しがつく――『聖女』云々のことを除いて考えるとだが――けれども、外から敵が雪崩れ込んできては犠牲になるのは民だ。
挿げ替えのきく首よりも、国内の安全。確かにある種――道理だ。
「それだけ軍務大臣閣下……あなたはあの侵攻の意味を重く見ていらっしゃると」
「左様。儂だけではなくあなた様の
「仰る通りです。最低限の国防ができない王など不要。征ってください」
「……陛下」
ふは、と軍務大臣が笑う。愉しげに。
「――互いに死地ですな」
「侯爵、いえ、軍務大臣閣下……」
「出向いた先でノヴァ=ゼムリヤと小競り合いならばよし。ただ、この企みに……オプスターニスまでもが乗っかっている可能性を考えると」
「……確かに、死地ですね」
反乱軍の目的はわからない。今は、ただ国を乱したいばかりにも思えるほどに、何も見えない。
だからこそ、反乱軍を迎え討つ俺も、
得体の知れぬ外の敵を討ちにゆく彼も、死地に立つことになるのだ。
「……宰相と作戦を練りましたか。信頼しているのね」
「あなた様の叔父君はあのエクラドゥールに並ぶ傑物にして
「そうでしたか……」
「ご無礼を。ただ……」
軍務大臣が立ち上がる。改めて見上げると、武人らしく彼はがっしりとしているだけでなく、上背もあることがわかった。
「兄王でさえ見捨てたあのエドゥアルト様があなた様の後ろ楯となった。儂はそのことに大きな意味があると思っております」
「……侯爵」
「陛下、生き残られよ。東での戦いが終われば儂は舞い戻り、陛下を助けに参ります。そして全てが終わった時にまた、あなた様の理想を見定めさせていただきましょうぞ」
彼に倣って、立ち上がる。
笑う軍務大臣に、俺も不敵な笑顔を返した。
「……はい! 必ず!」
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