26 語る
「……。
わたしは……」
俺は、国務会議では、ずっと無能を晒しているだけだった。
理想を謳いたくて、空回りして、理想を謳うに見合う力もなかなかつけられない。俺は傀儡で道化だった。確かに今の俺なら、譲位してシャルロットとともに神殿に籠るか、国内の誰かに嫁いでしまった方が平穏に暮らせるかもしれない。――だが。
侯爵の目が、油断なく俺を見つめてきている。
臆するな、と俺は自分に呼びかける。
……俺は自分で知っているだろうが。
女王として在るための、自分自身の原点を。
「アルベルティ侯爵。あなたは見えてこないと仰いましたが、わたしには幼少の頃より、理想とする国の姿というものがあります」
「ほう」
しかし、今の状態では、到底そんなものは望めない。
せっかく女王となったのに、いやむしろ女王になってから、王女であった時よりもさらに、かつての目標が遠く感じるようになってしまった。
「……正直に言えば、女王となって、自分の無力さを実感するたび、わたしは理想を追求しようと奮起するよりも、亡き兄をよく思い出すようになりました。
兄ならば、わたしよりよき王になったのではないかと。今のわたしのように、まごついた王になどならなかっただろうと。本当にわたしは――王に相応しいのかと」
しかし。
兄はもう――いない。
「ですが、兄は事実死んでいて、実際に王として即位したのはわたしです。……即位したなら、責任を果たさなければならないし、理想を現実にする努力をしなければならない。いくら弱音を吐こうとも、その想いは、きちんとこの胸にあるのです」
兄だったら、兄だったら、と考えてしまう思考はまだある。それだけ、アーダルベルトの存在は俺にとって大きかったのだ。
しかし、それだけではいけないとも、もう知っている。
「自分が不甲斐ないことはわかりきっている。自分で自分の素質を疑う時すらあるし、弱いと思われているから反乱が起きた。公爵は起った。しかしそれでも――わたしは王でありたい」
途中で投げ出したくない。
弱さにつけこまれて王位を狙われているなら、それに屈したくない。
「なぜなら俺(わたし)には、身の程を弁えぬ約束(りそう)がある。
善い者が、善いというだけで、人間らしく生きていける国を――民の皆(みな)が飢えず、健やかに、笑って生きていける国を造ること。
その理想を実現するどころか、その努力もできずにいるうちから、玉座から逃げる訳にはいかない」
そうだ、俺は。
「……ふん」
そして――ややあってから。
鼻を鳴らしたアルベルティ侯が、一言。
「青い。まるで現実が見えておられぬ」
「っ」
「――ですが思ったより真っ直ぐですな。あなたの目には炎がある。ただ無意味に女王の座にしがみついている訳ではなさそうだ」
え、と目を瞬いた。
「で、では……」
身を乗り出すと、「そう急くのではありませぬ」と制止される。
「これからが本題です。陛下」
「本題……」
「左様。よろしいか? 確かにダンネベルク公は資産も領地も潤沢な名家。そこにつく残り二家も裕福な貴族です。私兵も多く擁し、騎士団にも影響力もある。数万の軍勢を起こしても何らおかしくはなく、また、ダンネベルク公領は王都からそう離れていませぬ」
その通り。
だからこそ後手に回ると命取りなのだ。いつ王都に攻め入られるかわからない。
「しかし、軍を動かせば対処は可能。王都の禁軍で、十分に制圧できる。……そんなことは当然、向こうも了解しているはず」
「……ではなぜ、負けるとわかっているのに謀反を起こしたのでしょう……」
それほどまでに俺の『嘘』を世に訴えたかったのか? あるいは、エクラドゥール公爵の死を本当に俺の陰謀だと思って?
いや、まさか。そうだとしてもどちらにせよ他に手があるはず。
「……時に陛下。あなたが東部を視察に行っている時に、偶然なぜか敵が攻め入ってきて、あなたがそれの対応に追われ、王都にいない隙を狙うようにして謀反が起きた。これを奇妙に思いませんかな」
「それは……」
リェミーにいた時から、隣国の侵攻にはおかしな点ばかりだとは思っていた。
ろくな理由のない宣戦布告。オプスターニスの漁夫の利を考えない侵攻。正規軍の出てこない城攻め。
やはり――。
「向こう側には、ノヴァ=ゼムリヤと手を組んでいる者がいると……」
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