25 覚悟を問う
*
軍務大臣アルベルティ侯。
ルネ=クロシュでは統帥権は女王にあるとはいえ、軍備における実権を握っているのがこの大臣だ。軍の統制、戦争の采配――軍を動かす根幹である。行政官ではあるが、軍総司令と言って差し支えなく、禁軍といえる王立騎士団も彼の実質的な麾下といえよう。
――そして、俺の祖父の代から軍務大臣として仕える、最も旧き閣僚でもある。
長らく王宮の権力争いを生き残った者を怪物とするのであれば、彼は魑魅魍魎の頂点に立つ男だ。
「……お待たせいたました、アルベルティ侯爵。突然のお呼び立てに応じていただき感謝します」
「いえいえ、美女を待つは、男の楽しみの一つですからな」
突然の招聘だったというのに、軍務大臣は焦った顔一つせず、通された部屋で悠揚迫らぬ態度で座っていた。横柄ともとれる態度だったが、不遜さは感じても不快さを感じさせないのは、彼の発する覇気ゆえか。
俺は緊張に唾を飲み下した。
後ろに控えさせているのは、アインハードとシャルロット。……ただ、慣れ親しんだ気配がそばにいても、空気が張り詰めているのには変わらない。
「しかし女王陛下。突然といえば突然の招聘。儂に何の用であられるかな」
「軍務大臣……」
「やはり――ダンネベルク公の件ですか」
ダンネベルク公爵、謀反。やはりその報せは、有力な情報を持つ貴族であればもう知っているか。
民がどこまで知っているかはわからないものの、王都の民はそろそろ不穏な空気を感じているだろう。何かが起こるぞと。
「……ご存知ならば、話は早いですね。今、我が国の貴族社会は、二つに割れ、まさに内乱が始まろうとしています。わたしはこの国の女王として、民の安寧を守るため、可及的速やかに逆賊を討ち取らねばなりません」
ですから――と単刀直入に言った。
「どうか、
アルベルティ侯爵は――派閥に所属していない。
というよりは、彼自身が『軍』という派閥の長だ。ルネ=クロシュの『武』を一手に担う彼は、完全なる文官である他の大臣たちよりも、やや王宮の権力争いから遠い場所に立っている。
「何を仰るか。陛下、我らは王の臣民ですぞ。ついていただくも何も――」
「今は、そういった建前での話をしたいわけではないのです」
ダンネベルク公につき、女王を引きずり落したいと明確に示した者ら以外の日和見貴族も、ついてほしいと告げれば嘘でもそう答えるだろう。
……だが、俺が聞きたいのは本音だ。
黙って侯爵の目を見つめていると、彼はゆっくりと目を細めた。
「……なるほど。陛下の御考えはわかりましたぞ。であれば儂も特に飾らず本音でお返ししよう」
「ええ」
「しかし先に、いくつかは聞かせてもらいたいですな。儂がここで『否』と応えれば。あなた様はどうなさるおつもりなのか。不敬であると、儂を殺すのですかな?」
「……」
断られた時、この人を殺すか、か。
俺は眉を寄せ――正直に答えた。
「……どうでしょう。実際に聞いてみないとなんともいえません」
「ほう」
「ただ、そもそもあなたに敵に回られた時点で、勝利の目は消えたも同然――といえるほどに、わたしは不利な状況に陥ります。……けれど、頭である貴方を失えば、あなた麾下の軍の動きが鈍くなることも、間違いない」
いくら不利になろうと、最後まで足掻くなら。理想のために、なんとしてでも玉座にかじりつくなら――この人を殺して、軍の指揮系統を乱すことも選択肢に入るかもしれない。
そのくらいの冷たい
「ですから――はっきりしません」
「ふうむ、なるほど。ではもうひとつよろしいか」
「なんでしょうか」
どうやら問答に付き合わなければ、返答する気はないらしい。
俺は今まさに試されているのだ。
(上等じゃねえか)
普段は自己アピールの場なんて、作ってもらえないのだ。好機と捉えて腹を括れ。
「あなたはどうして玉座に拘泥なさる。
……正直なところ、国務会議からではあなたの理想とする王の姿が見えてこないのですよ。 ――声明にある、あなたが偽の聖女だのなんだのという点には、今、神殿があなたに従い、これまで災いが起きていない以上、儂はその真偽に興味はない。ですから、玉座を降り、ただの聖女として在ればよろしい。彼らは、真の聖女はこの方なのだと、誰かを擁立しているわけでもないようですから、適切なお方――例えばあなたの叔父上殿に王位を渡して、有耶無耶にしてしまえばよろしかろう。その方があなたも平穏に生きられるのでは?」
「……」
「であるのになぜ、あなたは女王であり続けることを望むのか。――いい加減な答えは不要。よく考えるがよろしい」
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