24 舞台で演じる
瞬間――それを聞き、凍り付く。
衝撃を受けた箇所は、ダンネベルク公の声明の、偽王、でも、玉座を奪還でもない。
(なんで……俺が聖女を騙っていると、ダンネベルク公が知ってる⁉)
有り得ない。
エクラドゥール公亡き今、その秘密を知る者はシャルロットとアインハードしかいないはず。あのエクラドゥール公が、真の聖女シャルロットを操縦するための強力なカードを、他の家の貴族に渡しているとも考えにくい。
「無礼な……!」
衝撃を受けて固まる俺の代わりに、声を上げたのはシャルロットだった。
「あろうことか陛下を、聖女を騙る偽王ですって……? なんたる不遜。信じがたい暴言です!」
「仰る通りです」
シャルロットの剣幕に触れ、政務官が恐れ入ったように身を縮める。
(……シャルロット……)
本来なら、俺たちは二人とも、無礼ななどと言えた立場にはない。
だが、ここで何も言わないのは不自然だ。だから、シャルロットは動いた。
――始めた舞台を、貫き通す覚悟。それは、やはりシャルロットの方が持っているのだろう。
俺は、情けなくも未だに腹を括れていないというのに。
「そもそも一体何の根拠があってこんなことを言い出したのでしょう。陛下が偽の聖女だというのなら、毎年の魔力奉納はどうやって行っていると言うのです」
「……確かに。不可解な言い分ですな。少し考えれば主張が通らぬことはわかるだろうに」
「それは、どうやら……国宝『ディアテミス・アエロリット』で魔力を吸い出し、奪い、それを納めていたのだろうと」
政務官の言葉に、シャルロットが眉を寄せ、ああ、と呟いた。そういえばそんなものもあったな、と、そんな顔だった。
まあ、可能性は否定できないよな。実際原作のディアナはそうやってシャルロットから魔力を奪っていた。神事数十年分の魔力を奪わなくてはならないからと、数年間そばに仕えさせてまで。
「意味不明な言いがかりを、よくもまあ堂々と口に出せたものです。だというのであれば、真の聖女は一体誰だったと?」
「それは、わかりません。どうやら明らかにしていないようです」
「それでどうやって民の信を得るつもりなのかしら」
「……信を得るつもりはないのでしょうな。あくまで日和見の貴族を揺さぶるのが目的だ。勝てば、勝者の理屈こそが優先される。反乱が――革命と成ってしまえば、そのあたりの捏造も容易かろう」
だろうな。
そもそも反乱は貴族が起こしている。民衆の蜂起ではないのだから、民衆の納得は必須ではないのだろう。
俺もだんまりはやめて口を開く。
「……では、それは置いておいて。エクラドゥール公の死が陰謀だったというのは?」
「エクラドゥール派貴族の信を得やすいように、でしょうな。実際、女王は裁判をせず、その手で公爵を処刑している。経緯を詳しく知らぬ者からは、不当に感じられたでしょう」
確かにその手の批判はずっと受けてきた。
証拠が揃っていたとはいえ、正式な手順で罰することができなかったのは手痛かった。あの男は悪魔のような一面を徹底的に隠してたから、慕っている貴族も多かったしな。
「ではこの、正当なる者に返さねばならぬ、とは、どういうことなのでしょう。一体誰を想定しているのかしら?」
「皆目見当もつきませんな」
「……」
キャロルナ公の言葉は非常にあっさりしていて、疑うべきか、信じるべきか、はっきりとしない。
……いや、この声明を聞いて、『正当なる者』でキャロルナ公を連想するのは自然だ。それを計算して、俺の疑いの目をキャロルナ公に向けさせ、あえて俺たち女王陣営の不和を狙っているのか?
(だめだ、一体何を信じていいのか)
「……とにかく、今は早く足元を固めるのが先決でしょうな」
キャロルナ公が言う。それはそうだろう。
だが、
(この状況で、どれだけ俺についてきてくれる貴族がいる?)
一応、こちらの陣営では、もっとも勢力のあるキャロルナ公がいる。だが、明確に女王派と名乗りを上げてくれている貴族は少ない。閣僚の中にも、代々王族とかかわりが深い家の出身者はいるが、俺について来てくれるかはわからない。
「……」
ふと思いついた考えに、俺は黙って、アインハードをちらりと見た。
視線に気づいたアインハードが、怪訝そうに首を傾げる。
(なんでもないよ)
自分に、そしてアインハードにそう伝えるように、かぶりを振る。
……まずは、俺のすべきことをしよう。
「わかりました。とりあえず、直接、交渉に行きましょう。女王につくか、向こうに就くか。一番はじめにはっきりさせておきたい人がいます」
「陛下……」
「それは、一体」
「もちろん」俺はその場にいる全員を見渡して、言った。「この国の『武』を担う――軍務大臣アルベルティ侯ですよ」
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