23 謀反の報

「ダンネベルク公が――謀反」



 王城に帰ってくるなり、俺は緊急で宰相と会談を行うこととなった。会談の場には、キャロルナ公とシャルロット、そして俺と三人の側近しかいない。


 ――反逆の声明が出されたのは、つい昨日のことだったという。


 国務会議を招集しないのは、半分近くの閣僚が出席しないとわかっている以上――そして反逆に加わっていない大臣たちが日和見状態である以上、召集したところで時間を浪費するだけだからだ。


(こんな時に……! しかもロゼー侯まで!)


 有力貴族が全て大臣の職に就くわけではない。


 だが、今回起った三家は間違いなく名家といえる。特にダンネベルク公はいまやキャロルナ公に次ぐ影響力の持ち主で、持つ土地の広さだけならばかつてのエクラドゥール公爵領の総面積を凌ぐほど。


「ではキャロルナ宰相閣下。先程、スターニオ騎士が持ってきた男は」


 シャルロットが厳しい顔でキャロルナ公を見る。


「恐らく、陛下の通る道を把握していた反乱軍の尖兵でしょう。襲われた場所を聞いたところ、ダンネベルク公領の近くを通っていたようなので、間違いないでしょうな」

「反逆を陛下に報(しら)せる伝令はリェミーに向かっていたのではないのですか?」

「すれ違ったか、あるいは、尖兵に襲われたか……後者だと思われます」


 キャロルナ公は淡々と答える。シャルロットは目を細めると、「一体、何が目的なのでしょうか」と呟く。


「謀反の宣言だけで、詳しい要求などの反乱軍の声明はまだ出ていないのですよね? 軍勢ももう起っているのですか?」

「いいえ。軍勢の確認はできておりません」

「不可解な。陛下に譲位を迫っているのでしょうか? あるいは、恐れ多くも陛下を弑そうとしている? そんなことをして、大臣方は一体どんなことになるとお思いなのかしら」


 シャルロットが低い声でつけ加えた最後の一言に少しビビりながらも、俺も思うことは同じだった。


 なぜここで謀反となるのか。

 対外的に俺は聖女で、殺せば困ることになると、貴族たちは教育されてきているはず。俺を都合よく動かす傀儡にする方が、よほど都合がいいんじゃないだろうか。


 それに、俺を王位から廃して、誰が後を継ぐ? 王族は今や、俺とシャルロットしかいないが、シャルロットには王位継承権はない。いざという時に継承権を取り戻せる準王族はキャロルナ公しかおらず、ディーデリヒもなんとか継承権を取得できるかどうかだ。エクラドゥール公爵も母親が王家の姫だったそうだが、ご存知エクラドゥール公はもういないし、そのほかに王族と近しい貴族の家もない。


(……まさか、反乱軍が担いでいる神輿はキャロルナ公か?)


 俺は横目でキャロルナ公を見遣る。

 国王暗殺を疑った時のように、的外れな疑いで、目を曇らせるわけにはいかないが、可能性を排除することもできない。


 ――反乱で奪った王位は所詮反乱で奪った王位だ。民に不信感を植え付ける。

 女王の軍と反乱軍を戦わせ、負けて俺が殺されれば、その後キャロルナ公が私兵を動かし、仇討ちと称して疲弊した反乱軍を討つ。そうすれば、女王を殺した賊軍を討伐した英雄として、キャロルナ公は民に望まれて国王になれる。


(シンプルだけど、効果的なシナリオだよな)


 だが、このキャロルナ公が、今さらそんな計略を立てるだろうか。無能と断じた兄王(ちち)を、それでも殺さなかったのに。


(……俺は見捨てられたのか?)


 正直、今の俺の使えなさ加減では、叔父に失望されてもおかしくなかったかもしれない。

 俺は常に見られていた。だが、実績の一つとして打ち立てられていない。



「――陛下? 陛下、聞いておられますかな」

「あ……ごめんなさい。少し、疲れが出て、頭がぼうっとして」

「しっかりなさることだ」


 緊急事態なんですぞ、と言われ、もう一度謝る。また、宰相みぎうでに裏切られているかもしれない緊張と恐怖で、声が上擦りそうだった。


「お義姉様、大丈夫ですか? お顔の色が……」

「ありがとう、シャルロット。宰相の仰る通り、ここは正念場だわ。しっかりしなくてはね……」


 しかし、やはり、反乱軍の目的が気になる。


 譲位か。処刑か。あるいは、マグナ・カルタを突き付けられたイギリス王のように、国王の権限や政治の在り方を変革しようとしている?


(現代人の感覚からすれば、王の権力の制限は別に悪いことじゃないような気がするけど……。そもそも、制限されるほどの権力は俺にはない)


 譲位は現実的じゃない。ならやはり、女王おれを殺すために? 災いを全く恐れずに? 

 わからない、と考えたその瞬間。ふと、視界に冷ややかな叔父の横顔が映った。


(……待てよ。知っていたとしたら、どうだ)


 キャロルナ公は非常に優秀な人だ。

 エクラドゥール公がシャルロットと、俺を間接的に縛るのに使っていた、聖女の秘密。


 その内容に、薄々感づいていたとしたら?


(キャロルナ公は、俺に死んでもらっても、一向にかまわないことになる……)


 ゾ、と、背中に怖気が走る。

 ……疑いたくない。だが、信じていいのかもわからない。


 目の前が暗くなる思いを抱いたその時、宰相の政務官みぎうでがさらに悪い知らせをが抱えてやってきた。


「――陛下、殿下、閣下。緊急ゆえにご無礼をお許しくださいませ」

「どうした」

「ダンネベルク公――否、反乱軍首脳の声明にございます。走らせていた『陰』より一足早く報告が」


 なに、とキャロルナ公が目を見開いた。「すぐに述べよ」


「ハッ」


 その、と、やや躊躇う様子を見せながら、政務官が口を開く。


 

「――新女王は真の聖女を騙り国民を欺く偽王である。

 エクラドゥール公爵の死は、偽王による陰謀であり、不当なものである。

 偽王から玉座を奪還し、正当なる者に返さねばならぬ、と」

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