22 襲撃

(本当に泣かれるかもな……)


 傷は残らなかったけれども、アインハードあたりから告げ口がされる気がする。

 即位する前の騒動で、俺はシャルロットのことをさんざん傷つけてしまった。あの子が悲しい顔をするところは見たくない。


「……お怪我はやはり」馬車に同乗しているアインハードが、不意に口を開いた。「グレンロイ・ロゼーを庇ってのものだったのですか」


 あれからずっと会話という会話がなかったので、少し動揺する。それでも、気まずいからと答えないわけにもいかず、俺は「そうだ」と静かに頷いた。


「お前は、また、身体が勝手に動いたのかと聞いたが、それだけじゃなかった。打算もあった。あそこでグレンロイを見捨てていたら、のちの政治に悪影響を及ぼすかもと」


 無理やり女王がグレンロイ・ロゼーを護衛にしたから、護衛であるイーノ・スターニオをそばから少しでも離したからグレンロイが死んだのだと、そう言われることを恐れた。


 あえて助けないことで、自分の中で何かが崩れてしまうということを恐れたというのも、たしかにある。

 だが、俺は善意や信念であいつを守ったんじゃない。


「……しかしあの男は曲がりなりにもあなたの護衛だったのでしょう」

(あの男呼ばわり……)

「であれば、護衛代理であったにもかかわらず、女王に傷を負わせた無能ということを、人の前で暴露されたことになります。城内の噂から察するに、その場面はある程度の人数が目撃していた。あの男なら、助けてもらったことを感謝するどころか『汚名を背負わせられた』と逆恨みしていてもおかしくはないと、そう思いませんか」

「う……」


 そう言われればそうかもしれない。


 グレンロイが高いプライドを持つ馬鹿であることはわかり切っている。ロゼー侯爵もどちらかというと日和見の貴族だが、小娘と俺を侮っている人間だ。その小娘に恥をかかされたと逆に恨むようになるかもしれない。


(はあ……)


 見捨てたことが悪いことだったと、思いたくはない。

 だがなんとも、リスクばっかり高い選択肢を選ばされた感が拭えないな。


「……怒ってるか? アインハード」

「それはおわかりになるんですね」


 恐る恐る聞いてみれば、返ってきたのはその返事。

 『それは』、とは……。

 い、いや理由もちゃんとわかってるぞ? 俺が不甲斐ないことが腹立たしいんだよな?


「……本当なら、こんな、言葉にせずもわかれというような女々しいことはしたくないのですが」

「え?」

「今回ばかりはあなたが悪い。俺が何に怒っているのか、少しはご理解いただかないと、困ります」

「……」


 今の俺の理解じゃ違う、ってことか? それとも謝意が足りない? 


 冷たくされるときついものがあるのは、俺が心のどこかで、アインハードをいつの間にか、友人のように思い始めていたからなのだろうか。

 ちょっとしょんぼりして項垂れていると、ふと、アインハードが立ち上がる気配がした。アインハードは長身なので、立ち上がると頭が天井に触れそうだ。


「……どうしたんだ?」


「――御者! 止めろ!」


「えっ、おい、アインハード⁉」


 突然、アインハードが叫ぶ。同時に防音の魔術を解除したので、御者にも声が聞こえたのか、馬車が急停車する。

 思わずバランスを崩した俺をアインハードが支え、囁いた。


「囲まれています」

「なんだと……⁉ どういうことだ? 囲まれるまで接近に気付かなかったのか⁉ お前が……」


 窓のカーテンを少し引き、合間から外を覗く。確かに囲まれている。

 身なりはあまりいいとは言えない。いかにも山賊といった風体だ。だがおかしい。いくら山賊といえど、王族の馬車を襲うとどんな報復(ばつ)があるのかわかるはずなのに。


 それに、何故だか、異様に殺気が鋭い、ような――。


「見た目で誤魔化されぬよう。あれは手練れです」

「手練れが山賊に身をやつしているのか? 何のために――」

「来ます。……俺は外で応戦します。陛下は中で馬車に結界を!」


 馬車から飛び出したアインハードが、魔力を剣にまとわせ賊に斬りかかる。剣戟音を聞きながら、俺は今あるありったけの魔力で守りの結界を馬車にまとわせる。


 鈍い金属音と、低い悲鳴。


 一体多数とはいえ、アインハードを相手によく粘る。もちろん殺さないようにアインハードが加減をしていることもあるのだろうが、それにしても山賊とは思えない技量だ。高位の貴族、あるいは高位の貴族のもとで剣を学んだとしか思えない洗練された動き。


 どういうことだ? 貴族が俺を襲って? 何故? 暗殺が目的か?


 いや、暗殺の可能性は低い、はずだ。

 俺を飼い殺しにしたい貴族は多くても、殺したい貴族はあまりいないはず。対外的に俺は月の神子だからだ。

 それなのに。


「終わりました」

「イーノ……」


 少し息が上がっている様子の――それでも返り血のひとつすら浴びていない――アインハードが、縛り上げた大柄の男を馬車の中に転がした。目立った怪我はしていないので、恐らく彼があえて魔術で昏倒させたのだろう。


「恐らく指揮官です。王都でしかるべき人物に引き渡しましょう。……馬車には賊全員は乗せられないので一旦縛って放置していますが、これを連れ帰れば情報の方は問題ないかと。狭くなるでしょうが、構いませんか」

「それは大丈夫だけれど……」


 一体、どういうことだ。

 何もわからず、それだけが、恐ろしい。





 ――しかし、俺が襲われた理由、それは王城に帰ってすぐに理解させられることになる。


 俺が東方でノヴァ=ゼムリヤの相手をしているそのさなか、


 法務大臣兼内務大臣ダンネベルク公を筆頭に、

 外務大臣リストルーヴ侯、財務大臣ロゼー侯が反逆に起ったというのだ。

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