4 女王の御為に




「――一夜にして全焼だったとのことです」


「……」



 急遽呼び戻された女王の執務室。


 法務大臣ダンネベルク公麾下の司法長官が重苦しく報告する。同席するキャロルナ公爵もいつにも増して厳しい顔だった。


「報告では、中の遺体も完全に炭化しているものばかりで、誰が誰であるか判別がつかない死体もあると」

「修道女や修道士の数と、遺体の数は」

「一致と」

「では当然、修道女として中にいたエクラドゥール元公爵令嬢も――」


 ええ、と司法長官が頷く。

 かつてはエクラドゥール公爵の麾下であった彼の表情も堅く、凍てついている。まるで表情を外に出すことを堪えているかのように。


 

 ――ヒルデガルドから齎された報せは、エウラリアがいる修道院が放火されたというものだった。



 丘の上にぽつんと建っている田舎の平和な修道院とは思えぬひどい有様だったそうだ。放火も草木寝静まる夜半に行われたことから誰にも気づかれず、小領主である男爵が火の手に気づいて人を差し向けた頃には、既に手遅れだったらしい。


 頭が痛かった。

 俺は執務机に肘をつき、頭を抱えながら、絞り出すように問う。


「助かった者は……本当に誰もいないのですか? 放火とはいえ、中にいた者が全員死亡だなんて……」

「おりません。何せ皆、眠っていた夜のことです。放火に気づかず、皆逃げ遅れたのでしょう」

「……っ」 


 ぎゅ、と強く目を瞑る。

 誰もいなければ、くそっ、と大きく毒づいていただろう。それだけ、憤りも衝撃も強い報告だった。



 本当に。……本当に死んだのか?


(エウラリア……)



 ――黙り込む俺を横目に、キャロルナ公爵が司法長官に視線を投げた。


「……遺体の数は合っていたとのことだったが、間違いないのか? 顔貌の確認もできない遺体が多かったのであれば、本当に修道院の者かどうかも怪しい遺体(もの)も多いということだろう。火付け人が火の手に巻き込まれて死んだという可能性もあろう」

「それは、確かにそうではありますが。逃げ出した者が名乗り出ておりませんので……。生存者がいるのであれば、保護を求めて男爵の屋敷に向かってもおかしくはないはず……」

「だが、そういう者はいないと」

「はい」


 俺は顔を上げた。


「ま……待って。エウラリア様……エウラリアはその身の上から、助かったとしてもそうそう貴族には助けを求められないわ。それに彼女はかつて王太子妃にと求められた、身分だけでなく魔術も学問も頭一つ抜けて秀でた才女。魔術で自分の身を守って、一人、どこかで身を隠しているかも……」

「……そのことは、我々もそうであってはくれないかと既に調べております。ですが……元公女に関しては」


 ――遺体の確認が済んでおります、と。

 そう言って、司法長官は目を伏せた。


「そ……んな」

「うつ伏せに倒せていたからか、僅かにお顔が焼け残っていたとのことです」

「く……」


 だから、わかったというのか。エウラリアの死が。

 俺は自分の罪を悔い、父親の罪について話してくれたエウラリアを思い出す。彼女はアーダルベルトの婚約者で――彼との絆を繋ぎ直すきっかけになったのもエウラリアとの対話だった。


「それに……あの方の孤独な身空を考えると、逃げ出すよりはむしろ……」

「……」


 そうかもしれない。

 エウラリアは炎に気づいていて、それでもなお、その場で死ぬことを選んだのかもしれない。


 ――エクラドゥール公爵の死とその罪が明るみに出て、エウラリアも大罪人の娘となった。まだ連座制が残っているこの国では一親等であるエウラリアも死罪となるはずだったが、エクラドゥール派だった貴族の反発を恐れたこと、それから本人が十年近くも貴族の生活から離れて蟄居していたこともあり、連座は免れた。修道院から一歩も出ることを許されぬ代わり、そのまま修道女として暮らすことを認められたのだ。


 とはいえ、彼女は独りだった。そして、父の所業に罪の意識を覚えていた。


(だから、か……)


 ――エウラリア・エクラドゥールは綺麗な人だった。その身が罪に塗れても、はっと目を見張る美しさがあった。

 そんな彼女が焼け焦げて、伏して死んだこと。……やり切れない思いだった。


 

「――元公女の生死の話はそれくらいでよかろう」


 

「……公爵? 何を……」

「陛下。この件の本題は元公女エウラリアの死ではないのですよ」


 なんだって?


「……どういうことです?」

「それは見てもらった方が早かろう。長官、頼めるか」

「はい。――【映し写し照らせシュピラール】」


 長官が軽く振り、映写の魔術を発動する。見たものや想像したものを映像として映し出す魔術であり、発動すること自体は容易いが、映像のクオリティによってはかなりの記憶力と再現力が求められる術だ。

 長官の魔術では、非常に鮮明な映像が空中に映し出された。その様はさながら前世で言うホログラム――あるいは拡張現実のようで、十八から十九世紀あたりのヨーロッパのようなこの世界では、突然異世界に飛ばされたような心地になる。


(こんな魔術があるなら写真の技術が発展しないわけだな……)


 それにしても、と眉を寄せる。

 映し出された映像にあったのは。


「長官。これは……」

「はい。例の修道院です」


 崩壊し、焼け崩れた建物。

 女王(おれ)に見せるということは遺体は既にない時の記録なのだろうが、抜けるように青い空と黒々とした炭の廃墟の対比が痛々しい。


 ……だが、それよりも目を引くのは――。


「門にかかっている白い布……あれは、何」

「それこそが本題です、陛下。その布をよくご覧に。文字があるでしょう」

「ええ……」


 崩れかけた門柵、炭になりかけているそこに結び付けられた、似つかわしくない真っ白な布。

 そこには確かに赤い文字が書いてあり――その内容は。


 

「『女王の御為に』……?」


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