3 衝撃の報

「添ッ……!?」



 驚きが一瞬で憂いを吹き飛ばす。


 な、な、なんだ。

 いきなり何を言い出すのだこの子は。


「こ、心の疲れも身体が元気であれば少しはマシになるというものです。くっついて眠れば、わたしが魔力を供給できます。疲労回復になりますし……」

「あわわわ……」


 いやいやいやいや。無理無理無理無理。

 俺はシャルロットを抱きしめて同じベッドで眠る想像をして、赤くなったり青くなったりした。


 そんな、シャルロットなんて、抱きしめたら絶対フローラルでファビュラスないい匂いがするに決まってる。それで、どこかしこも、柔らか――やめろォ! 義妹(いもうと)だぞ! そういう目で見るな、俺! 


「しゃ……シャルロット、気持ちは嬉しいけれど。わたしたちは女王と王女なのよ、子供みたいに無邪気に一緒に眠るのは、ね。それぞれ立場を弁えないと……」


 大丈夫か、俺。テンパりが声に出てないか、俺。


「そんな、お義姉様。いいえ、陛下。陛下のご体調のことなのですよ。子供だとか大人だとか、立場などは……」


「――ゴホン」


 シャルロットの言葉が遮られた。

 少し距離のあるところで立っているアインハードの咳払いだった。


「陛下がご不要と仰られているのですからそれでよいのでは? 王女殿下は相変わらず遠慮というものをご存知ない」

「なんですって?」

「それに、陛下のご疲労につけ込むような真似をなさるとは……。恥ずかしくないんですか?」

「ふん、物事をしく捉えるお前の方が恥ずかしいわよ。それにお聞きになりましたお義姉様? この男また不躾にも王族わたしたちの会話に嘴を挟んで……」

「ふふ。もう、二人とも……その辺になさい」


 言って、ちょっとだけ笑う。 

 相変わらずのアイシャルギスギス会話だが、慣れるとちょっと微笑ましくなる。一応二人とも年下だしな。


 それに、なんだかんだ言って二人はいがみ合いを楽しんでいるようだ。原作のアイシャルのイチャイチャは影も形もないが、この二人の関係はこれでいいような気もする(これはこれで見てておいしいということだ)。


 古の神話の研究の中には、戦争では対立したが、月の女神と闇の神は喧嘩するほど仲が良いという関係だった――という説もあるしな。正直原作アイシャルがくっついているところを見ると、有り得そうだよなその説。作中ではアインハードとシャルロットがそれぞれ闇と月の化身みたいな扱いだったし。


「けれどお義姉様。そうもお疲れなのは、廷臣たちとうまくいかないからですか? ……まったく、キャロルナ公爵もお義姉様に無理をさせすぎなのです」

「そうね……。キャロルナ公はわたしにとっての後ろ盾であると自信を持って言えないし……。女王となって、やりたい政治はあるのだけれど。わたしが意見を通すには、まだ足りないと言われてしまったわ」


 薄弱の王。自分が未熟であることはわかっているが、さすがに最近は自信をなくしてきている。


「やりたい政治……? お義姉様にはもう理想の政治があるのですか?」

「理想の政治とまではっきりしたことではないのだれどね」


 陶器のカップを手で包む。

 金の縁どりを指でなぞり、目を細める。


「――救貧政策をね。進めたかったの」

「救貧……。福祉ですか?」 

「ええ」

「なるほど……お義姉様らしいです」

「え、そうかしら?」


 はい、とシャルロットが頷く。嬉しそうに微笑んだ義妹は可憐で、さらに綺麗になったと思わせられた。

 どうして救貧政策が俺らしいんだろう。シャルロットには約束のことを話してなかったはずだが。


「お義姉様はお優しい。弱者の味方になることに躊躇いのないお方です。実際にお義姉様は家族から虐げられ、居場所のなかったわたしを助けてくださいました。お義姉様なら……きっと多くの弱き者を助けることができます」

「……そう、かしら」


 俺は苦く笑った。

 シャルロットのことを助けたのは――もちろん同情もあったが、計算だった。それこそ、信を得るために取った戦略的な行動だ。

 俺が本当に優しい人間で、いざという時にきちんと弱者の味方であれるのか――まだ、わからないでいる。


「それに――苦しむ子どもや女性を助けることは、未来を切り開くことに繋がります。飢える子どもを減らし、教育を施し、優秀な国民を育てれば……それこそ我が国の利益となるはず。女王主導の初めての政策として、よいものとわたしも思います」

「そう……? あなたにそう言ってもらえると心強いわ、シャルロット」


 そうだよな。

 意見を通すのが難しいことはわかってるけど、やっぱり俺がやるべきことだし、やりたいことだ。 


 どうにかしなきゃいけない。俺自身が、人の上に立つ王だと認めてもらう必要がある――。


「約束があるの」

「約束?」

「ええ。あなたを妹にするよりも少し前にね、西区を訪れたことがあるの。そこで、約束をした。まだ汚い部分が多いこの国をなんとかする、よい国にするって」

「そう……だったのですか」

「そこがわたしの原点。この約束がなかったら、きっとわたしは王族としての自覚がないまま玉座に座っていた……」


 がしゃんっ。


 瞬間、背後から重いものが地面に落ちる音がして、俺はびくりと肩を跳ねさせた。えっ、何事っ?


 正面のシャルロットが怪訝そうな顔をして言う。


「イーノ、お前、一体何をしているの……」

「……いえ。別に」


 振り返れば、アインハードが剣を拾い上げたところだった。どうやら今の音は、奴が愛剣を手から取り落とした音だったらしい。珍しいこともあるもんだ。「……なんでもありません。お騒がせいたしました」


「そう?」


 剣を持ち直したあとのアインハードの顔は見えない。なぜか顔を伏せてしまっていたからだ――なんだか耳が赤いような気がするけど、気のせいか?


「……なんにせよなんだか悔しいです」


 シャルロットが少し頬を膨らませる。「わたしの原点はお義姉様ですのに。わたしもお義姉様の原点でおそばにいたかったです」


「あら……でも、あなたの原点がわたしであるというのは、光栄ね」


 俺はそっとシャルロットの髪に手を伸ばし、頭から顔までをなぞるようにして側頭部を撫でる。シャルロットが少し顔を赤らめて、恥ずかしそうにした。ううん、可愛い。


「あ、あの、お義姉様……」

「ごめんなさい。嫌だったかしら」

「そ、そんな……! ありえませんっ」


 打算から始まった姉妹関係だったが、シャルロットが俺を慕ってくれているのは、即位前の騒動で理解した。

 原作一巻の破滅を乗り越えたんだ。どうにかこれから一緒に国を守っていけたらいい。


「――陛下。殿下」

「イーノ?」


 アインハードに呼ばれ、また何かあったのかと振り返ると、そこには、よく知る顔――侍女長ヒルデガルドが立っていた。


 呼んでないのになぜここに? シャルロットも不思議そうな顔をしている。

 ヒルデガルドは肩書きこそ『侍女』だが、王族の侍女は推薦と試験を経た女官吏だ。そんな彼女がこんなに厳しい顔をするなんて……何かあったんだろうか?


陛下・・に急ぎお知らせしたいことがございます。つきましては――」

「人払いは必要ないわ。言って」



「は。……今しがた入ってきた情報でございますが。

 実は、エウラリア様がおられるキャロルナ公領小領地ラセットの修道院で――放火があったと」








⟡.·*.·····························⟡.·*.

シャルロットは王妹ですが、王族の女性という意味で公式に「王女」と呼ばれています

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