2 暗中模索

「焦りすぎです」

「……ええ。反省しています」



 会議が終わり、大臣たちが出ていったと思えばすぐにキャロルナ公爵から苦言を呈された。予想していた反応だっただけに、返答はすぐにできた。


「やりたいことがあるのはわかります。しかし、まずは家臣の信を得ることが先だ。そうでなければ話を聞き入れられること自体が難しい。わかっておられるか?」

「何度も言い聞かせられれば、覚えるわ」

「では最後のあれはどういうことか」


「……信を得られるのを悠長に待っていては、いつまで経っても変わらないと思ってしまって」


 俺をナメている。

 今はもうそれはいい。わかっていることだ。


 だが、累進課税の話を出した瞬間に話が途切れた。ある者から取れば損をするのは貴族。彼らは国のために身を切りたくないんだろう。


「皆、気にするのは自らの利益のことばかり。これでは……平行線だわ。いつまで経ってもきっと」

「……自らの利益を守ろうとするのは貴族として当然。彼らも領地を守らねばなりません」


 平行線を交わるようにさせるのがあなたの仕事だ、と、キャロルナ公爵は突き放すように言う。


 ……その通りだ。

 損をしてでもこの方の言うことならば、と、思わせる国王でなければならない。無能が働き者になったところで損を増やして火傷するだけだからだ。国の舵取りを自分がしたいなら、皆を認めさせねば始まらない。


 わかっているはずなのに。


(この人……叔父上は……)


 国を舵取りするのに足る血筋と立場と人望を持っているのに何故、国王になろうとはしなかったのだろう。


「何か余計なことを考えておられますな」

「……いいえ」


 俺は首を横に振る。詮無いことだというのは俺が一番よくわかっている。

 キャロルナ公爵が肩を竦めた。 


「陛下。そういえば、聞くのを忘れておりました。あなたは何故、福祉政策を進めたがるのです? 貧しいものが可哀想、ただそれだけの理由だとするならば――」

「その理由も……きっとないわけではないと思います。わたしはこの目で西区を見た……」


 アーダルベルトの死に囚われ、責任と恐怖から、全てを投げ出して逃げようとしていたあの日。

 俺は、自分の無知を思い知らされて打ちひしがれた。


「けれど……それだけではない。わたしは約束をしたのです」

「約束?」



「――善人が、善であるというだけで、人間らしく生きていける国を作ると」


 罪のないものが、理不尽な死や不幸を強いられない国を。

 完璧は無理でも、できうる限り。

 王族としてここで生きると決めた時から、それを望んできた。彼と、そして自分自身と約束した。



「……それはアーダルベルト殿下とした約束ですかな?」

「いいえ、叔父上様。けれどお兄様も、やると決めたなら約束を果たせと仰るはずです」

「そうですか」


 キャロルナ公爵――叔父が、目を伏せる。

 そして、ゆっくりと俺を見た。


「ならば励みなさい。今のお前では、到底足りない」

「……はい、叔父上様」


 足りないことはわかっている。

 だが、ゴールが見えても、どう進めばいいのかが、分からないままでいるのだ。




 *




「……お疲れでいらっしゃいますね、お義姉様。お顔の色が……」

「そうかしら、自分ではわからないけれど……」


 昼食後、わずかな余暇の時間。庭園にある東屋でシャルロットとお茶を飲んでいると、心配されてしまった。そんなに疲れた顔をしてたか、俺。


 この東屋にはシャルロットと俺しかいない。少し離れたところにアインハードが護衛のために控えているが、よく知る顔しかいないから、気が緩んだんだろうか。


「ええ。きちんとお休みになっていますか? シャルロットは心配です」

「一応、睡眠は取っているはずなのだけれど……。やはり女王としての業務は慣れないから、疲れが溜まっているのかもしれないわね」


 肉体的な疲れというよりもストレスだろうが。

 だから、木々のさざめきの感じられる静かな東屋で可愛い義妹とのお茶は十分なセラピーだ。癒される。


「シャルロットこそ、大丈夫? あなたも王妹として、社交や外交の仕事が増えたでしょう。あちこちに行って、大変ではない?」

「まさか。全てお義姉様のためになる仕事と思えば、わたしには何の苦でもございませんもの」

「そう……? それなら、いいのだけれど」


 頼もしく笑う義妹。……確かに元気そうだ。


 俺と違ってシャルロットは優秀だからなあ…………って。

 俺のせいで苦労をかけてる義妹にまでこんなことを思ってどうする。


(ほんとに、思ってる以上に疲れてるのかもな……)


 もう少しきちんと眠るようにしようか。

 額に手を当て、ふう、と息をつく。



「や……やはりお疲れなのです、お義姉様。その、わたしが夜、添い寝でも……その、いたしましょうか?」

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