5 犯行声明
顔から血の気が引いていくのがわかった。
なんだ、なんなんだ……これは。
これではまるで、俺のために修道院を燃やしたとでも言うような……。
「事の大きさがわかりましたか。これはただの放火ではない」
「……ええ」
エクラドゥール公爵が裁かれても、未だに彼を慕う貴族は少なくない。その中には有力な貴族も多くいて、ろくな裁判もせず公爵を殺した俺を恨んでいる。
エウラリアは王命に従い修道院から一歩も出ていないが、公爵の娘だった彼女が各地に潜伏したエクラドゥール公爵派貴族の精神的支柱となっていたことは調べがついている。
そんな彼女が殺された。
こんな
「こんなもの……旧宰相派貴族たちの憤りに油を注ぐ蛮行そのものだわ」
そしてこんなことを書かれてしまえば、こちらとしてはまったくそのつもりがないことでも、彼らの怒りは女王(おれ)に向かうだろう。
「こんなことなら監視の名目で秘密裏に警護をつけるべきだったのかも……」
「幾人かは王族の『陰(かげ)』から派遣しておりました。ただ、放火当夜から行方不明になっている」
「なんですって?」
知らなかった。『陰』――王室直属の特殊工作員のことだ――から人員が派遣されていたとは。
俺の知らないところで勝手なことを、と言いたくなったが、エウラリア警護について思いつかなかった俺の落ち度だろう。そもそもエウラリアへの判決には『監視付き』とはなかったし、監視をつけることを表立って議題にも載せられない。
……弱い俺が悪い。
「殺されたか、拐われたか、あるいは逃げたか……」
「そんな。『陰』の者の強さは相当なもののはず。あっさり殺されるほど下手人は強かったということなのですか? それに、逃げるだなんて……」
「さあ……何かに追われるか、何らかの理由でまだ戻れていないだけかもしれませんが。何せ『陰』の死体は見つかっていないのですからな」
「一体、誰がこんなことを……」
周辺諸国の工作員が俺と旧宰相派の貴族を対立させて、内ゲバを煽っているのか?
あるいは王位を狙う有力貴族が漁夫の利を狙っている?
(なんにせよ、またデカい頭痛の種だ……)
いい加減ウンザリする。
そこでふと、キャロルナ公爵がこちらを見た。
「陛下。三日後は東部へ視察でしたかな」
「え? ええ。どの派閥にも属していない中立領を訪れ、少しでも民の支持を得ておこうと……」
突然の話題転換に面食らうも、頷く。
確かに三日後には、東部の都市リェミーで開催される祭を視察する予定だった。リェミーは大地の神の末裔が治めるとされるノヴァ=ゼムリヤ皇国に隣接した都市であり、財務大臣ロゼー侯の領地の一つである。
「でもそれが何か?」
「……このようなことがあったばかりでは、何を警戒しておいても不足ではありませぬ。陛下はなんとも、危険を誘き寄せやすい体質であられる」
「ウッ……」
否定できない。実際シュルツハルトの時も襲われたし。
俺って実はトラブル吸引体質だったりするのか――いや。多分、身体(ディアナ)のせいだな。
「十二分に用心されよ。……まったく、面倒なことばかり起きる」
はあ、とキャロルナ公爵が大きく溜息をつく。
……面倒なことばかり、か。本当にそうだよな。支持基盤を固めようという時にこれだ。
安定した治世までは、一体あとどれくらいの距離があるのだろう。
*
「――エウラリア様が?」
「ああ。シャルロットにも話したが、厄介な犯行声明文までくっついてきた」
リェミーへ向かう馬車の中、俺はとりあえずアインハードに先日の報告をかいつまんで話すことにした。エウラリアのことはある程度緘口令が敷かれたが、『イーノ・スターニオ』は女王直属の護衛騎士。女王である俺の身辺を守るための情報は知らされることになっている。
馬車には俺とアインハードの二人だけ。馬車自体が立てる音で中の話は御者には聞こえないし、そもそもアインハードが防音の魔術をかけているから密談には最適である。
「そうですか……。それにしても、本当に面倒なことになりましたね。なんといっても、容疑者が多そうなことが最悪だ」
「お前もそう思うか」
「女王派と旧宰相派を削り合わせたい勢力など、考えても両手の指で足りるかどうか」
「……だよな」
俺は疾走する馬車の窓から外を眺める。
女王派とアインハードは言うが、厳密には俺個人についてくれている貴族などほとんどいない。王家に仕える伝統ある貴族はいるが、中央政治で幅を利かせる家はない。
エクラドゥールとキャロルナの二強時代が終わりを告げ、貴族社会では新興勢力の台頭が進んでいる。傀儡にして俺を飼い殺しにしたい勢力なんて数えだしたらキリがない。何を考えているのかわからないキャロルナ公爵が防波堤でも、まだマシというレベルだ。
「……ちなみに聞くがお前の仕業じゃないよな?」
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