第一部エピローグ
――宰相の死が公表されてからは、まさしく怒涛の日々だった。
王宮どころか国全体に激震が走ったのは、宰相の数々の罪が白日の下にさらされたためでもある。
宰相が担っていた仕事の幅は広く、官吏たちは混乱の渦の中てんてこ舞いだったし、しばしの間王宮の執務はひどく滞った。
しかし、俺が彼を殺したことに、表立って誰も文句をつけなかったのは、あまりに彼が犯した罪が重かったからだろう。
何せ奴がやったことといえば王太子暗殺、王女暗殺未遂。
それだけで死罪の構成要件には十分なのに、おまけに国王に毒を盛って生きたまま解体し、禁忌の実験の材料にしていたのだ。
実際に
――とはいえ、さすがに彼が国王を合成獣にしていたことは、刺激が強すぎるだろうと、一般国民には公表されなかったけれども。
そしてようやく混乱が収まった、と、延期されていた成人式が終われば、すぐに戴冠式がとり行われた。
そうして俺は正式にこの国の女王となり、新宰相には――キャロルナ公爵が就任することとなった。
ただしかし彼は、俺に心から仕えてくれている訳ではない。
「これから、どうぞよろしくお願いいたしますね。キャロルナ公爵」
「よろしくできる時間が長くなるとよいですな」
「……」
その証拠に、新女王として新宰相に挨拶をした時に、返ってきたのがこの返事である。
俺は思わずスン……となって、塩対応すぎる叔父を睨んでしまった。
とはいえ、「バカ(※俺のことだ)に仕える気はない」って言ってはばからなかったこの人をこちら側に引き入れられただけでもよかったのだろう。実際、つい最近まではこの人、俺のことなんてどうでもよかったんだろうし……(暗殺騒ぎの時シレッと見捨てようとしてたしな)。
この人が宰相になってくれなかったら、完全に孤立無援だ。もっとまずい状況に陥っていたに違いない。
「まあ畢竟、王というのは無能でも構いませんからな。官吏が優秀であれば、王が余計なことさえしなければ国は十分に回る」
「ええ……」
「あなたはお父君と違って、何やら、傑物になりうる人物たちに好かれているようだ。せいぜい、上手く躾けて味方にしておきなさい」
「はい……」
傑物になりうる人物、というのが誰と誰を指すのか、わざわざ説明するまでもなかろう。
俺自身が大した能力がない王でも、味方さえ有能であれば、なんとかなる。だからバカはバカなりに、やれることはやっとけよ、と。
――とまあ、公爵の言いたいことと言うのはそういうことであった。
そしてその『傑物になりうる人物』たちについてだが。
アインハードは女王直属護衛騎士になり、シャルロットは王女として女王の補佐に就くことになった。
身分は違うが、二人とも女王の側近だ。さすがにアインハードは本当の身分を隠しているが――シャルロットだけには話したけれども――、薄々新宰相にはバレている気がする。
あの人の事だし、国民にバレなきゃ使えるモンは使っとけって思ってるんだろうな。
「わざわざ改めて躾けていただかなくても、俺は既にディアナ様の味方なんですがね」
「ねえ、お前、何度言えばわかるの? 魔族の王子で、この国の民でもないお前が、お義姉様の――陛下のお名前を軽々しく呼ばないで。しかもいつの間にか敬称を外しているし。無礼だわ……!」
「真の聖女のくせに、今回、まったくもって役に立たなかったのはどなたでしょうか」
「なッ……」
「しかも、エクラドゥール公爵にのこのこついていって眠らされて捕まって。……はあ、どこの誰とは言いませんが、ポンコツは黙っていてほしいものです」
「の、のこのこついていったのではないわ、屋敷に招いて下さるというから、この機会に調べてやろうと思ったの! あの男、最近動きが不審だったでしょう。で、でも……お、お義姉様にご迷惑をかけたのは、本当に、申し訳なく思って……」
「申し訳なく思うのは陛下に対してだけでしょうか」
「ぐッ……」
――のだが、このアインハードとシャルロット、なぜか異様に仲が悪い。
(とはいえシャルロットが、俺たちよりも先に宰相を怪しんでいたとは予想外だったな)
もとより真の聖女の権能ゆえに、シャルロットは彼に魔物の気配がこびりついていることに気付いていて、長らくそれを不審に思っていたらしい。――しかし相手に弱味を握られていたこともあり、なかなか具体的な調査に踏み切れなかったのだという。
しかし、アーダルベルトの死因が魔物の毒であった可能性を知り、さらにエウラリアがキャロルナ公爵領の修道院に引きこもっていると知って、宰相には裏の顔があるのではないか――と半ば確信。
どうにかして探ってやろうと思っていたところを、宰相に公爵領に来ないかと誘われた。
だから、虎穴に入らずんば、の覚悟で『敵地』に飛び込んだのだという。
「まさかいきなりお茶に薬を盛られるとは……油断しました……」
「虎穴に入って虎子を得られなかったどころか、穴に入って早速罠にかかって捕虜になるだなんて。本当に役に立たない」
「――余程死にたいようね、魔国太子アインハード」
「おや、事実を申し上げたことがそんなに癇に障りましたか」
「………………やめなさい、二人とも」
「「はい」」
二人は、まだ臣下の層が薄い俺にとって、数少ない信頼できる部下だ。だから、二人には互いに互いの正体を知ってもらったのだが――それがいけなかったんだろうか。
シャルロットはアインハードを嫌っているようにしか見えないし、アインハードはアインハードでシャルロットを全力で煽っている。アイ×シャルはどこに行った……。
(原作ではこんな言い争いしてるとこ、見たことなかったけどなあ……何がどうしてこうなった……)
まあケンカップルを見てるみたいで、これはこれでアイ×シャル推しとしてはおいしいんだけど。
「お前、従属契約はお義姉様を女王にするためのものだったんでしょう。だったらもう目的は果たしたのではないの? とっとと魔国に戻ってはどうなの?」
「ディアナ様には魔国統一に関してお力を貸していただかねばなりません。ただ、王になられたとはいえ、今のままではそれも難しいでしょう? ですから、国が安定するまで、俺は忠実な僕としてディアナ様をお支えします」
(まあ……うちの国、地盤ガッタガタだもんな……)
正体がマッドサイエンティストだったとはいえ有能なのは間違いなかったので、正直、前宰相の抜けた穴は大きかった。
(……そしていずれは、自信を持って、俺はこの国の女王だって言えるようにするんだ)
あのとき、西区で出会ったあの子に誓ったように。
あの子に、誇れるように。
いくら時間がかかっても、善良な人間が、善良であるというだけでちゃんと生きていけるような、努力が報われるような――
そんな国を造ってみせる。
「ッ、忠実な
「……わたしのため? どうして?」
「だって、コレがお義姉様の奴隷なら、コレの持ち物はすなわちお義姉様の持ち物ということになるでしょう? つまりコレが魔王になった暁には、オプスターニスは全てお義姉様のものということです!」
何を言い出すのだこの聖女は。
「やめなさい。アインハードは奴隷ではないし、わたしはオプスターニスを支配する気もないわ」
「…………なるほど。俺が魔王になれば確かにそういうことに……」
「アインハード??」
ほんと、やめてくれよ。シャルロットは月の神子としての全てを捧げてきたし、アインハードは魔国そのものを捧げてくるってか? 心底いらないよ。怖いよ。
この世界の主人公、どっちもトチ狂いすぎだろ。どうなってんの? バグ?
「アインハードが魔王となった魔国と友好は結びたいけど、統治できる気がしないし、同盟で十分よ。シャルロットが嫁いで魔王妃になれば――」
「「絶対に嫌です」」
「食い気味の拒否……」
これはケンカップルの照れ隠しと見るべきか、本気で嫌がってると見るべきか、どっちだ。
「……そういえばキャロルナ公子に聞いたのだけれど、シャルロットあなた、ずっと好きな殿方がいるらしいわね? 嫁ぐのが嫌なのはその殿方と結ばれたいと思っているからなの?」
「………………好きな殿方などおりませんが……」
「え、そうなの? なら、キャロルナ公子が間違っていたのかしら……? あっでも想い人がいないなら、いくつか見合い話を受けてもらっても……」
「うわあ。やっぱりあなたは悪魔のようなお人だ、ディアナ様」
「いきなり何……??」
しみじみとしたアインハードの呟きに困惑する。
だからどこが悪魔だって言うんだ、俺は見た目だけは天使みたいな美少女だろうが?
好きな人がいないなら見合いをしてもらってもよくない? 俺も人のこと言えないけど、この年になって婚約者がいないのはマズイんだってば。
「まあ、なんであれ、あなたには魔国太子と真の聖女がついています。今さら恐れるものなどないでしょう?」
「……そうね」
一巻においての悲劇は恐らく、乗り切った。
これが他の悲劇に置き換わる可能性がないわけではないが――ここからは、原作も何もない、新しい世界を生きなければならない。
けれど、この二人の『主人公』が味方についていれば――、
まさしく向かうところ敵なし、な気がする。
「二人とも、頼りにしているわ」
「光栄です」
「もちろんです。お義姉様が魔国を手中に収め、さらに他の国も掌握して女皇帝になられても、わたしはそばでお支えします」
俺はギュッと目を瞑ってこめかみを揉んだ。
「――そんなものにはなりませんしアインハードは何か言いなさい。もうこの子の頭の中では魔国はそのうちわたしが治める国になってしまっているわよ。いいの?」
「……そうですね」
「そうですねって何??」
――前言を撤回する。
やっぱり俺にとっては、シャルロットとアインハード、
この二人が一番、意味がわからなくて怖い。
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次回より数話番外編。その後第2部です。
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