41 埋もれていたもの

「……、アインハード……?」

「そんなにすぐに諦めて、どうするんです。さっきまでの勢いはどうしました?」


 我に返ると、アインハードの顔が程近くにあった。魔国太子の妖艶な赤の瞳に、呆然としたディアナの顔が映っている。


 ここしばらくで見慣れた赤い瞳を見ていると、少し気分が落ち着いてきた。

 だが――。


「でも俺じゃ、アレの相手は、とても……それに、俺は、結局お前を当てにしてたから、あいつを斃す策なんて元から用意してないし、だから――」

「…………当てにしてくださっていたのですか?」

「どうしてちょっと嬉しそうなんだお前……」


 ここは呆れた、冷たい瞳を向けるところだろうが……。


「――ゲフン、それはともかく。……あなたが何に罪悪感を抱いているのかは知りませんが、俺はあなたの僕です。主が僕を利用するのは当然でしょう。むしろ当てにされずに勝手に傷つかれたり、死なれたりした方が迷惑だ。

 だから最大限俺を使ってください」


 言いながら、アインハードは俺を小脇に抱え、合成獣の追撃をかわす。

 素晴らしい動きだった。負傷しているはずなのに、守られていると思うとまるで危機感を覚えない。


「……けど、使うったって、お前はアレに攻撃できないだろ?」

「策は俺にあります」


 前に言ったでしょう――と、彼は小脇に抱えていた俺を下ろし、肩に手を置いた。


「あなたは聖女の魔力を直接受け取って、それを体内に溜め、神事ではそれを奉納していた。……けれど、そんなこと、普通はできないはずなんですよ」

「そういえば、言ってたな……」


 それは妙だ、みたいなことを、たしか。

 原作でも、確かにディアナはシャルロットから直接魔力を受け取るのではなく、王家所有の宝玉ディアテミス=アエロリット(久々にこの名前を思い出した気がする)、を介していた。


 とはいえそれって、ただの原作王女がシャルロットに触れたくなかったからじゃないのか? 

 なんてったって魔力譲渡には、その、き――キスをしなければいけないわけだし。そうでなくったって、少なくとも肉体的な接触が必要であるはずだ。

 シャルロットを見下し、同時に妬んでいたあのディアナ・リュヌ=モントシャインが、彼女との接触を望むはずがない。


「いいですか? 聖女の魔力は大きく強い。だから、常人が譲渡されたところで、魔力を受け止めきれずに死んでしまうはずなんです。

 たとえ奇跡的に受け止められたとしても、他人の魔力を操って、神殿に正しく奉納、なんてできるはずがない」

「え……?」


 目を、見開く。


 ――しかし、俺は今までシャルロットの魔力を受け止めることに負担を覚えたことはないし、魔力の調整だって、そこまで苦ではなかった。


 そう言うと、アインハードは「ええ」と頷いて目を細めた。


「……恐らくですが、あなたは特異体質なんですよ。他人のどんな魔力でも、どんな大量の魔力でも受け止める、巨大で頑丈な器をお持ちだ。

 あなたの魔力は、月の女神の子孫としてはけっして多くはありませんが……それは器が小さいためではなく、中に入っているまりょくが少ないんです」

「巨大な、器……特異体質? 俺がか?」

「ええ」


 目を見開く。

 つまりそれって、俺が魔力を溜めうる巨大な容量キャパを持ってったってことだよな?

 到底、信じられなかった。――そんなこと、原作のどこにも記載はなかったのに。



 でも……ありえないわけではない、のか。


 なぜなら前世で俺が読んだのは『魔国聖女』1巻だけだ。

 でも、キャラとして死んだからといって、ディアナのすべての秘密が、1巻だけで明かされるとは限らない。もしかしたら、2巻以降でディアナが特異体質だったと明らかになる回があるのかもしれない。 


 そうでなくても、原作のディアナは宝玉から魔力を奉納していたから、自ら莫大な魔力を使う機会なんてそうなかったはずなんだ。自分で自分の体質について知らなくてもおかしくない――。


「そしてあなたは、魔力操作・調節の技量に関して天才的な才能を持っている。いえ、たゆまぬ研鑽によって、磨かれた才能……というべきですね」

「……俺は……」

「と、いうことは、ディアナ様」 



 ――あなたは魔力ざいりょうさえあれば、どんなに強大で、どんなに発動困難な魔術であっても、使うことができる。



「魔力調整の才能がなければ、特異体質も持ち腐れだ。

 だが、あなたはそれを持っている。努力によって得た力だ。――つまり」


 そう言って、アインハードが美しく、妖しく、笑った。


 赤い月の化身かと思うほど、禍々しくも美しいその顔が、すぐそばに寄せられる。



「ディアナ様、我が主。……俺の言いたいことは、おわかりですよね?」

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