37 後悔、そして

 俺と同様の嫌な予感を覚えたのだろう。間を置かず、アインハードの表情が険しくなった。


「……ディアナ様、第二殿下を探されますか。お望みならば探知の魔術を使いますが」

「さすが『忠実な僕』だなアインハード、やれ!」


 頷いたアインハードが即座に魔術を発動する。――瞬間、彼の掌から生まれた紫色の光が、一瞬のうちに空に打ち上がり、四方八方へ飛び散った。


 魔力探知の魔術は俺も使えるが、俺と効果範囲が段違いだ。俺はせいぜい城内の探知くらいしかできないが、シャルロットやアインハードレベルの魔力量ともなれば、王都全体の探知ができる。


「どうだ? アインハード」


 ――しかし、アインハードの顔色は優れない。

 ややあってから、美貌の魔族は、苦々しい表情で口を開いた。


「ディアナ様、第二王女殿下は……王都にはいらっしゃいません。ちなみに宰相もです」

「なんだと……!?」


 顔から一気に血の気が引いた。


「おい、それは……確かなのか?」

「俺があなたに嘘を吐くとでも? 紛れもない事実です」

「っ、クソ……ッ!」


 弾かれるようにして王の寝室から飛び出す。

 アインハードも慌てたようについてきたが、俺は寝室を出たところで、どこに行けばいいのかもわからず足を止めて俯いた。


(シャルロット……)


 どうして? どうして王都にいない?

 そもそも、いつから城にいないんだ? 外出の予定でもあったのか? 

 わからない。


(そういえば……俺、いつからシャルロットの予定を把握してない?)


 王太女とはいえ第二王女の予定を逐一把握することはない。

 ないが、ここ数日のシャルロットの動きがまったくわからないことに、今さら実感を覚えて恐ろしくなった。


 そうだ。

 俺は、少なくともここ五日ほど顔を合わせてない。シャルロットとも、宰相ともだ。



『今は、あなたの顔を見たくない』



(そうだ。そう言ったから、あれから、俺はシャルロットを避けて……シャルロットも、俺を避けて)


 先日、シャルロットに叩きつけた言葉が鮮明に思い返される。

 怯え、震え、泣き出した彼女の表情も。


(どうして……あの時ちゃんと話を聞いてやらなかったんだろう)


 シャルロットが俺に月の神子をさせたのは、本当に悪意からだったのか? 

 本当に、悪意をもって俺を騙していたのか? 

 ……そうじゃなかったとしたら。


(ずっと、騙されてた、と思って、カッとなった)


 シャルロットが、何かを企んで俺に『聖女を偽称させている』と――そうでなければいいと思っていたことが『そうなってしまった』と、そう認識して、冷静さを欠いた。シャルロットのことを妹として愛してきたのに、裏切られた、と。失望が押し寄せてきて、そのまま怒りに流されて。


 でも、シャルロットは泣いていた。

 あの涙は――本物なのではないかと、あの時はどうして思わなかったのだろう。


(なんて身勝手なんだ、俺は)


 もともと、彼女を義妹として大切にしようとしたのは打算からだったじゃないか。それなのに、裏切られた、だなんて。勝手に期待して、やっぱり騙されてた、だなんて。

 彼女の話もまともに聞かずに。


 それに。 



(もし、今、シャルロットに何かあったら……あの会話が最後になるのか?)



 ――嫌だ。

 そんなのは、嫌だ。


 俺は身勝手で、自己中心的で、有能なんかじゃない、平凡な人間だ。

 でも――俺にとっての彼女はもう、ただの『物語のキャラクター』じゃない。世界一可愛い俺の妹だ。


 ……あの日手を取った時から、あの子は俺の家族なんだ。

 失いたくない。


「どうしますか、魔術の効果範囲を広げますか。国全体を探知することも、可能ではありますよ」

「……いや、いい」


 一瞬迷ったが、首を振った。


「さすがにそれはお前でも消耗が激しいだろ。温存してくれ、アインハード。――俺の切り札ジョーカー

「! っは、はい……なら、どうしますか」

「そう、だな……」


 ――アインハードが言った、俺(ディアナ)が『次の実験材料』という言葉に、俺はさっきから違和感を覚えていた。


 奴はもう、『月の女神の子孫』では実験を済ませている。

 それなら次の実験も『月の女神の子孫』――同じ『素材』で、果たして奴は満足するだろうか。なにせ、奴は俺が聖女でないことは知っているんだから。


(あれほど狂った研究者なら、)

 


 より希少な『素材』で、合成獣を作ってみたいと考えるのではないか――?



「宰相の別邸に行くぞ」


 ただの勘でしかない。

 ……しかし。


「シャルロットが、そこにいるかもしれない」

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