36 嫌な予感
――もういい。
もうわかった。
宰相の研究に――人と魔物の合成獣の材料に使われていたのは、父の身体の一部だったのだ。
月の女神の子孫である、国王の。
(確かに、合成獣実験の素材としては魅力的だろうよ)
クソッタレが。
毒を盛り、弱った父相手なら、余計なことを話さないように強制する魔術をかけていてもおかしくはない。
――いや、両足を切断するくらいであれば、父も治療の一環として疑わなかったかもしれない。血流障害や細菌感染で足が壊疽になれば、足を切断するという診断がされるものだ。
「舌も、切断されている……」
最後に会った時、父は何か言いたげだった。それでも何も言わなかったのは、言わなかったのではなく、言えなかったからだったのだ。
俺は父からの最後のメッセージにも、気づかず無視をした――。
(だから、愚か者だと、キャロルナ公爵は俺と
彼は、彼だけはきっと、明確に王の状態を怪しんでいたのだろう。だから頻繁に王の下に見舞いに行った。
しかし相手は宰相だ。何をしているかまでは突き止められなかったのだろう。
宰相は、父に誰も近寄らせなかった。おそらく、手足を切断するようになって以降は。
そのあと父の
(キャロルナ公爵は、敵じゃなかったんだな。そしてきっと、味方でもなかった……)
あの人は弟として、実の兄を案じてはいた。
しかし、兄を尊敬しても、好いてもいなかったから、国王としての兄を支えたいとは思っていなかった。
だから――ずっと、政敵と呼ばれ続けても平然としていたのだろう。
「……なるほど。わざわざゼーゲマンバにあなたを襲わせた意味がわかりましたよ」
開いたままの父の目を閉じさせ、布団を元の位置に戻したアインハードが呟いた。
「……と言うと?」
「あなたを次の実験材料にする予定だったんですよ。
……国王は使い潰してもう使えない。それなら、あなたに『寝たきりの女王』になって欲しかった」
「寝たきりの……」
「ええ。猛毒でありながら即死毒でないゼーゲマンバの毒なら、命を保ったまま意識を取り戻さない『寝たきりの女王』を作るのに都合がいいですからね。実際、植物状態になったまま回復していない患者も多いと聞きます。
襲撃の一件で、宰相はあなたがそれなりに強いことを知っていたから、細いゼーゲマンバの牙で急所を衝かれてあっさり殺される可能性は低いだろうと踏んでいたのでしょう。
実際――
「……」
(確かに、そうかもしれない。
ゼーゲマンバを惹きつける匂いを纏わせられた俺があの時無傷で助かったのは、ゼーゲマンバの親玉すら一撃で殺せる、さらには匂いにすら気づけた魔国太子が……アインハードがいたからだ。宰相は、イーノ・スターニオが魔国太子とは知らなかったから……)
宰相閣下にしてはいささか運に頼った作戦ではありますが、と、アインハードは皮肉げに笑む。
「ですが時間が押しているわけでもない。失敗しても別に構わない作戦だったのなら、これくらいの作戦の粗さは問題じゃなかったのでしょうね」
「……なるほどな」
確かに、失敗しても、次の機会がある。
あの夜会の、雑な襲撃のように――いやあれは、多少護身術を習っていた俺の力を軽く確かめるためだったのかもしれないが。
それでも。
「お前は本当にあらゆる意味でジョーカーだったってわけだな、イーノ・スターニオ」
「光栄です」
わざとらしいほどにニッコリ笑うアインハード。……いや、別に褒めてはないからな。
ともあれ。
「そうだよな。この国に必要なのは、『月の女神の血を引く王』と『聖女』なんだ。実際国王が執務をしてなくたって、国が荒れたりはしなかった。
つまり、王族が王の地位にさえついていれば、統治に問題は…………」
「……どうかしましたか?」
「ちょっと、待てよ」
俺は顔を上げてアインハードを見た。
「宰相にとって俺は月の神子だろう?
『寝たきり』にしたら、魔力の奉納ができなくなる、と普通考えないか?」
アインハードがはっと目を瞠る。
聖女の魔力奉納ができなくなるリスクを考えれば、普通、俺を『寝たきり』にするのはためらわないか?
……もちろん、宰相は聖女が魔力と祈りを奉納しないことによって起きるという災厄を恐れていない、という可能性もなくはない。
だが、そう解釈するよりは――シャルロットが聖女だと知っていた、んじゃないか?
そう考える方が自然なんじゃないだろうか。
だとすると。
(待て待て待て待て……!)
なぜだかはわからないが、猛烈に嫌な予感がする。
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