33 見てしまったもの
……さあ、どう出る? エウラリア。
俺は修道院の奥へと去って行った老修道女を見送る。そして、アインハードと客間で二人、エウラリアを待つことにした。
――しかし、意外にも、長い時間待たされるなどということはなかった。
そう。
程なくして、修道女は戻ってきたのだ――きちんと、エウラリアを連れて。
「――お連れいたしました、王太女殿下」
「ありがとう、シスター」
修道女にお礼を言いながら、彼女に隠れるようにして立つ女性に目を向ける。
……間違いない。
ずいぶんと窶れてしまったし、十年分年を取っているが、整った顔立ちも、深い青の瞳も、変わることなくそのままだ。
(エウラリア・エクラドゥール……)
この人と話せば、何かがわかるはず。
俺はひそかに唾を飲み下す。
ではごゆっくり、と、そそくさとその場を離れる修道女たちを見送り、俺は改めて目の前に立つ――義姉になるはずだった女性と目を合わせた。
「お久しぶりです、エウラリア様。本日は突然のご訪問、申し訳ありません」
「……いいえ。とんでもございませんわ、ディアナ殿下」
エウラリアはゆっくりと首を振ると、それから、力なく……どこか疲れたように微笑んでみせた。
「しばらくお会いしておりませんでしたが……ああ、殿下。お奇麗になられましたね」
*
「――それで、エウラリア様。もうわかっているとは思うけれど、わたしはあなたに、あなたのお父様についてお聞きしたいことがあって、ここに来たのです」
「はい。……覚悟はできております」
なんなりと、と言い、エウラリアが向かいの長椅子に腰掛けたまま恭しく頭を下げる。その所作は変わらず美しく、高位の淑女であったという事実が立ち居振る舞いから滲んでいる。
それにしても……覚悟はできている、か。
「……その様子だと、やはり十年前、あなたがこの小さな修道院に入ったのは、単に神に仕える生活をしたかったからではないのね」
「はい。――わたくしはなんとしても、父の影響力の少ない土地に来たかったのです。二度と父と関わりを持たなくて済むように。
父の、言葉にするのもおぞましいほどの秘密を、知ってしまったから……」
だから、父親から逃れるために、ここに来たのだと。
エウラリアは怯えきった表情で、そう言った。
(やっぱり……、宰相には、何かがあった)
苦々しいものが、肺の腑に溜まるような感覚を覚える。
ひどく息苦しい。彼女の話を聞きたいような、聞きたくないような、二つの感情がぶつかり合って混ざり合っている。
それでも、やはり――聞かないわけにはいかない。
「……エウラリア様。わたしは、閣下が学生時代、禁忌に反して
エウラリア様が、わたしの伝言を聞いて、話をしてくださる気になってたのなら……やはりあなたの言う彼の罪というのは合成獣に関係することなのですか?」
「っ」
エウラリアが顔を強張らせる。
そして――頷いた。確かに。
「ええ……そうです」
「兄アーダルベルトは、それを知ったから殺されてしまったと?」
「はい……」
恐らくは、と、エウラリアが頷いた。
しかし彼女が逃げ出したのは、「父が王子(こんやくしゃ)を暗殺したことを知ったから」からではない、という。
「それは……どういう、ことですか?」
「思えば亡くなる前も、アーダルベルト様は身の危険を感じているような素振りを見せていたのです。わたしが彼の娘であるからか、極力そういった振る舞いは見せないようにしていたようなのですが……でも立太子礼の前に、気になることを仰って」
「気になること?」
思わず、後ろに控えるアインハードに視線を遣る。
そしてエウラリアは続けた。
「ええ。
『もしこれから僕に万一のことがあったら、その死は恐らく事故ではない。脅威は身近にいるはずだ。出来うる限り早く逃げた方がいい』と――」
その時は何を仰っているのか、とエウラリアは茶化したそうだが、しかし実際に王子は死んだ。
その死が不幸な事故死とされていたことも、彼女の恐怖を煽った。
自分が死んだらそれは事故ではないと、あらかじめ彼本人から教えられていたからだ。
(エウラリアは当時、きっと考えたはずだ。誰かが彼を殺したのだと。
きっとアーダルベルトから、自分の死の可能性をほのめかされていたのは彼女だけだったはず)
ならば誰が犯人なのか?
普通に考えれば、王子を暗殺する動機があるのは王位継承権第二位の王女ディアナか、彼女がいなくなった時には王位継承権を取り戻せる王弟。
しかしディアナには、聖女マルガレータと会っていた、というアリバイがあった。
「本来、アーダルベルト殿下が行かれるはずだった聖女訪問を、ディアナ殿下がなさっているという点は、いささか疑問ではありましたが……交代を妹君が提案したのだとしても、あのアーダルベルト殿下が疑わしいと考えている人物の提案に乗るはずがないと思いました」
「それで、わたしは暗殺の犯人ではないだろうと?」
「ええ。残りはキャロルナ公爵ですが、ただ、彼は、わたくしにとって身近な存在とは言い難いでしょう?」
だが、アーダルベルトは確かに「身近にいる」と言った。
と、なれば――。
「まさか、とは思いつつ、父の不在を狙って父の私室を調べました。本邸の書斎や寝室には何もなかったので、こっそり別邸まで赴いて――そこで偶然、見つけたのです。
書斎に、隠し扉があるということに」
なんだって?
「隠し扉……ですって?」
「ええ。それは明らかに、やましいことを隠すための場所へ繋がる扉でした。
ですから発見した時には、今ならまだ引き返せる、見ない振りをした方がいいと、そう思いました。……しかしここで確認しなければ、アーダルベルト殿下に合わせる顔がない、とも思いました。だから、入ってみることにしたのです」
――隠し扉の先にあったのは地下への道だった。
そして、暗い階段を降りた先には実験室があったらしい。
宰相は合成獣の実験をずっと続けていたらしく、そこにあったものは魔法陣と、魔物に関する書籍と、魔物のものらしき肉と、檻に閉じ込められた小型の魔物だった。
そして彼女は――見てしまったのだという。
「あれは人間の足、でした。
――それも、死体の足ではありませんでした。生きている、恐らく男性から切り落としてきて、腐敗を止める魔術が掛けられたものだったのです」
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