32 修道院




 そうと決まれば善は急げである。

 ……いや、これが善かどうかは正直わからないが。



 ――日が暮れた後にもかかわらず、突然、出かけるから馬車を出してほしい、と言い出した俺に、ヒルデガルドは白目を剥きかけた。

 正直ごめんなんだけど、モタモタしてる余裕がないからなので許してほしい。


 それに、俺たちがエウラリアに会うことを宰相に知られたらまずい気がするので、なるべく移動は迅速にしたい。

 また、昼間に出かけるよりも夜の闇に紛れることができる方が正直ありがたかったのも事実なので、むしろ日暮れ後の出発が必須だったまである。


「先触れは出さなくてよかったのかな」

「よかったと思いますよ。普通は知らせておくものでしょうけど、知らせておいたら警戒されて逃げられそうですからね。――それに、不意打ちの方がいろいろしゃべってくれますよ、きっと」

「お前 やっぱりこわいよ……」

「悪魔には言われたくはないですね」


 誰が悪魔だ! 

 そもそもディーデリヒのあの発言にはまだ納得いってないんだからなこっちは!




 ――さて。


 例の修道院のある場所には、翌日の昼前に到着した。

 まあ、王都に比べるとどうしても田舎という印象が拭えない場所である。町らしい町はなく、山林の近い広々とした大地に、ぽつぽつと家や商店が建っているという印象だ。


 それもそのはず、ここはキャロルナ公爵領内だが、公爵が直接治めている土地ではなく、公爵に権利を委譲された下級貴族が治めているのだとか。

 その小領主の館もさっき見かけたが、貴族の館というよりは、裕福な平民の持ち家という感じだった。非直轄領なら、田舎であってもおかしくない――あれ、これ偏見か?


 閑話休題(それはともかく)。


(本来なら小領主に挨拶くらいした方がいいんだろうけど、なんせアポなしだからなあ……。驚かせたら悪いし、そのまま修道院に直行した方がよさそうだ)


 素通り決定。

 ――と、いうわけで。俺は館を訪れるのはやめにして、丘の上にあるという修道院に向かったのだった。



「ここだな」

「ですね」


 辿り着いた修道院の建物は、決して大きくはないのになかなかに立派な様子だった。神殿のように祭祀をするための施設ではないためか、荘厳という雰囲気ではないが、それでもどこか厳粛さを感じさせる佇まいである。


「おや、お客様ですか?」


 さて門戸を叩こうかと思ったところで、年配の修道女に声を掛けられた。

 いらっしゃいまし、という歓迎の言葉を受け、咄嗟に淑女の礼を取りそうになるが――直前で気づいて会釈で済ませる。


(まずいまずい、髪は隠してないんだ。王女だとバレる……)


 エウラリアに警戒されないためにお忍びできたのに、王女だとここでバレたら意味がない。


 ――しかし、修道女は目敏く、直前でやめた仕草が何であったのかに気付いたらしい。一瞬怪訝そうな顔をしたのち、すぐに目を見開いた。


「まさか、その、白金色の御髪は……」

(あ~~~~……)


 そこまでくれば、そのあとに続く言葉はわかりきっている。

 俺は苦笑して、自ら正体を明かすことにした。


「初めまして、シスター。わたし、ディアナ・リュヌ=モントシャインと申します」


 ただの客として案内してもらって、エウラリアを突撃訪問をするつもりだったのだが、やはりシャルロットの訪ねた後だと気づかれるか。

 あの子と俺の淑女教育をしたのはどちらもヒルデガルドだから、姉妹で仕草が似通ってしまっていてもおかしくない。


「突然の訪問、申し訳ございませんシスター。どうしてもお会いしたい人がいて、来てしまいましたの」

「まさか、王太女殿下御自ら……と、いうことは、お訪ねになりたいというのは」


 眉を曇らせた修道女が、ちら、と背後の修道院の建物を見上げる。どうやらこちらの目的もなんとなく察しているらしい。

 芳しくないその反応を見て、それでも俺は、「ええ、そうです」と頷いた。


「お察しの通り、エウラリア・エクラドゥール様を訪ねに参りました。先日、義妹も突然訪ねたそうですが、お会いしていただけなかったそうなので、失礼かとは存じましたが先触れなしで伺った次第です」

「さよう、ですか……でも、ええ……エウラリア様は……」

「……その様子ですと、修道院の奥に引きこもって、限られた人物としか会おうとしない、という噂は本当なのですね?」


 修道女は驚いた顔をした。「――ご存知だったのですか」


「ええ、噂で耳にしまして。でも、どうしてもお会いしたいのです。

 どうか、取り次ぐだけ取り次いでいただけませんか。お気が変わることもあるかもしれないでしょう?」

「……かしこまりました。当代の月の神子様がそう仰せなら」

「ありがとうございます」


 突然の『月の神子様』攻撃に(俺にとっては罪悪感にダイレクトアタックな言葉だ!)顔が引き攣りそうになったが、なんとか堪えた。

 ……月の神子の立場が神に仕える人たちに有効で、目的達成のためなら利用すべき時は利用すべきだとはわかってはいても、実際に優遇されると心が痛むんだよ……。


「けれど、今の彼女が心を開くのは、もはや月の女神に対してのみ。たとえ月の女神の化身であるあなた様であっても、会うと仰るかどうかは……」

「け……、化身だなんて恐れ多いわ。わたしはただ、亡くなった彼女の元婚約者の妹としてここに来た。それだけです。

 ……だから、彼女には用件について、こう伝えてください」


 息を吸い込み、老修道女と目を合わせた。

 これで会う気がないと言うのなら、もう彼女から情報を引き出すのは諦めるしかない。



「――合成獣キメラの件に関して、話があると」

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