31 味方
(こうなってなると、ゼーゲマンバの件も宰相が指示したこと、なんだろうな……)
シュルツハルト領で襲われたこと。
宰相がシュルツハルト辺境伯に恩を売っていたのなら、あり得ない話ではない。
ただ、宰相にしても、シュルツハルトにしても、黒幕に気づかれる予定はなかったのだろう。
実際、魔族の王子であるアインハードがいなければ、俺は殺されかけたことに気づかないどころか――あの場で死んでいたかもしれない。
いやまあ、ゼーゲマンバの毒は即死毒ではないみたいだから、死ぬ可能性は微妙か。だったら、寝たきりになっていたかもしれないし、
(……ん?)
そこまで考え、俺は妙に何かが引っ掛かった。
「『寝たきり』……?」
「? それがどうかしましたか、ディアナ殿下」
「いや、何か思考に引っかかることがあったんだが……それが何を導こうとしてるのかが……」
何かを思いつきそうだったんだけど。
こう、喉まで出かかって出るのに出てこないんだよな。
唸っていると、アインハードが肩を竦め、「なんにせよ」と顎をしゃくった。
「宰相閣下回りが、俄然怪しくなってきましたね」
「……そう、だな」
「良く考えれば、あの夜会の襲撃。あの人は、あなたが一人になるタイミングをいち早く知ることができる位置にいました。
――それに、暗殺者が『魔物の毒で自害した』というのも、宰相の証言であって、本当のところがどうだったかは誰も知らない。あの人は、全部とは言わずとも憲兵の大半を掌握していると聞きました。命じられれば憲兵は、いくらでも嘘を吐くでしょう」
「……」
その通りだ。
今思ってみれば、『魔物の毒で自害した』という発言をはじめとして、あの人の言うことを鵜呑みにしたことで、俺が誤解したこともそれなりに多くあった。
そもそもシュルツハルト領はキャロルナ公爵派なんだから、もしあの暗殺者がキャロルナ公爵の手の者だったとして、自害に魔物の毒を使えば『俺はキャロルナ公爵の部下です』と、わざわざ自己紹介しているようなものだ。……あのキャロルナ公爵が、そんな馬鹿な真似をさせるはずがない。
あの夜会の暗殺騒ぎは、俺がキャロルナ公爵を疑うように仕向けるための工作だったんだ。
(っ、あ~~~~~! なるほどな!
だからキャロルナ公爵は俺のこと、バカだって言ったんだ……)
キャロルナ公爵ははじめから、宰相の疑わしさに気づいていたんだ。
暗殺者を嗾けたのも、宰相だとはじめからわかっていたのかも。……そうでなくても、宰相が『捜査を好き勝手操れる』立場にあることを理解していたから、彼の発言を鵜呑みにしてばかりの俺をあざ笑ったのだろう。
(公爵にバカにされる訳だ……! ぐおおおおお穴があったら入りたい)
恥ずかしすぎて泣けてくる。過去に戻りたい。
「ですが、一連の黒幕が宰相であるとして、依然としてわからないのは動機ですね。
……国王陛下のことといい、相手を殺せるかどうかわからないゼーゲマンバをあえて嗾けたことといい、疑問も多い。何が目的なんでしょう?」
「ああ……」
低く呟いたアインハードに、俺は両手で覆っていた顔を向けた。
「……、そうだよな。これがキャロルナ公爵なら、王位簒奪ってことで話は早いけど、あくまで『デューク』の公爵である宰相じゃ王位には就けない。準王族、つまり『プリンス』の公爵じゃないと……」
目を伏せる。
本当に、宰相が何もかもを仕組んだのだろうか。
俺のことも最終的に殺すつもりだったのか? なら、シャルロットを養女に迎えることに協力してくれたのはなぜだったのだろう。
何もわからない。
俺の味方なんて、初めから存在しなかったんだろうか?
「――ディアナ様」
「! アインハード……」
沈んでいきかけた思考が、アインハードによって引き戻される。
顔を上げれば、原作でディアナを殺したはずの魔国太子が、ひどく心配そうな表情でこちらを覗き込んでいた。
「思い悩みすぎないでください。あなたの忠実な僕が、ここにいるでしょう。……少しは頼っていただけないと、立つ瀬がない」
「……そうだな」
従属する側が勝手に従属契約を結んで――勝手に結ばれたのだから『契約』というべきかは最早定かじゃないが――勝手に僕になるだなんて聞いたことがない。
……聞いたことはないが、確かに、この男は俺の味方だった。
「とはいっても、どうすれば……。王太子暗殺にしたって夜会の件にしたって、状況証拠だけだ。シュルツハルトの騒動にいたってはそれすらない。今のままじゃ罪を問うことなんて到底できないよ」
そもそも、俺の女王としての基盤は宰相によって保たれているのだ。今更あの人と敵対なんてしたら、国がどうなるか。
宰相と俺とキャロルナ公爵で三つ巴? ……冗談じゃないぞ。
「……情報が足りないのなら集めにいきましょう。気になっていることはもう一つあるでしょう?」
「なんだ?」
「――エウラリア・エクラドゥール公爵令嬢ですよ」
あ、と思った。
……そうだ、彼女が引きこもっている理由を、俺たちはまだ知らなかったな。
「宰相の実の娘が、逃げるように辺境の修道院に入り、しかも徹底的に人を避けている。
何かがあると、そう考えるのが自然です」
会いに行きましょう、と、アインハードが片頬で笑った。
そこで最後のピースが揃う気がします、と。
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