28 アーダルベルトの遺言
*
商人たちが持ってきた装飾品はどれも素晴らしいものばかりだったが、時間はそうかからずに決まった。ドレスが先に決まっていて、それに合わせたものを選ぶかたちだったからだろう。
俺は南方の国が出身であるという宝石商たちに微笑みかけた。
「皆さま、本日は遠路はるばるご苦労様でした。客間を用意しているので、今日はそちらでお寛ぎになってくださいね」
「ありがとう存じます、王太女殿下。……ああ、やはり、亡きアーダルベルト殿下に似てお優しく、聡明でいらっしゃる」
おや、と思った。「――皆さまは兄をご存知なのね?」
すると商人たちは、笑って「ええ」と答えた。
――聞けば兄も、立太子礼の時の装飾品を、彼らから買い求めていたらしい。
「殿下は、品物をお選びになっている時も、ディアナ殿下のことを嬉しそうにお話なさっていました。ご自分のための装飾品選びだというのに、これは妹に似合いそうだ、あれは妹が好きそうだ、と、事あるごとにディアナ殿下のことを口になさって」
「そう、だったの……」
「……それなのに、まさか、あのようなことが起きるなどとは。我々も、胸が潰れるかと思いました。つい数日前まではお元気に話をしていらしたのに、と……」
沈痛な面持ちで俯く商人たちに、俺も眉を下げる。
ヒルデガルドはこんな時に暗い話をするだなんて不躾な、と不満そうな表情だが俺としては、アーダルベルトが慕われていたことを知れたのは嬉しかった。
……でも、そうか。
彼らも、死ぬ前の兄に会っていたのか。
あの時の俺は『兄の事故死』を止めようと躍起になって、気づいていなかったが――。
「あの……兄はその時何か、おかしなことを言ったり、したりしていませんでしたか?」
「え?」
「些細なことでもいいの。例えば、身の危険を感じている素振りがあったとか……」
「姫様」
ヒルデガルドが咎めるような声で制止する。
……でも、だって、気になるじゃないか。
事故死は事故死だ、予知はできない。しかしあれがキャロルナ公爵の仕組んだ暗殺だったなら、聡い兄のことだ、その害意、殺意を察知していたとしても、不自然じゃない。
「どう、かしら?」
すると。
商人たちはおもむろに、緊張を滲ませた顔を見合わせた。
そして俺に、懐から取り出した――紙切れを差し出したのである。
「ええ、と。これは……?」
「……兄君からお預かりしていたものです。殿下は、あなた様が自分の死について何か不審を抱き、我々から何か聞き出そうとした時のみ、これをあなた様に渡してほしいと」
「お兄様、が……」
心臓が、重い音を響かせる。
まさかこれは、兄が俺に託した遺言、ということなのか。
わざわざ遠方の宝石商に託す、なんて慎重を期してまで、アーダルベルトは俺に伝えたかったことがあったのか? ――やっぱり、彼は、自分の死期を悟っていたのか?
古びて黄ばんだ紙切れ。丁寧に折りたたまれたそれを、そっと開く。
――そこには、確かに兄の筆跡で、『宝物入れの底を調べなさい』と書かれていた。
宝物入れというのは、俺――正確にはディアナがほんの子どもの頃に使っていた小物入れのことだ。
八歳になるまでの俺は、兄王子から贈られたその小さな箱を子どもらしくそう呼んで、大事にしていたものを入れていたらしい。
俺の意識が入り込んでからはあまり使わなくなったが、アーダルベルトは時折俺の部屋を訪れては、髪飾りや宝石の欠片、孔雀の羽根など、女の子が喜びそうなものを勝手に放り込んでは、俺を驚かせていた。
有能で、優秀なこの兄王子も、それなりにイタズラ好きで無邪気な少年の一面を持ち合わせていたのだなあと、そのたびに実感していた記憶がある。
そして、ディアナが『俺』になってからもその小物入れ――『宝物入れ』は俺の手元にあった。葬列の日に胸に抱いていたのも、それだ。
(それを、調べろって……? なんでだ?)
いったい、どういうことなのか。
兄は亡くなる前に、俺に何を伝えようとしていたのだろう。
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