27 黒の契約

「は……? 魔王を?」


 どういうことだ。

 どうして魔族の王子であるアインハードが、父たる魔王を殺す必要がある?


「俺は魔族の力に覚醒してから八年で、オプスターニスの西側を手に入れました。現在は、父魔王とオプスターニスの支配権を分け合っている状態です」

「ちょ……ちょっと待て。支配権を分け合ってる? お前、王太子なのに王と覇権を争ってるのか? 領地を分けて魔国を共同で統治してる、ってことじゃなくて?」


 意味がわからない。

 他に兄弟のない太子なら、ただ待っていれば、魔王の持つ権力の全てはそのうち手に入るはずだろうに。どうして父親を排そうとする必要があるんだ。


 困惑する俺に、アインハードはさらりと「そうですよ」と言う。


「太子なんて言っていますが、そんなものは対外的な立場にすぎません。純血の魔族の寿命は長いんです。父は俺に王位を譲る気なんてさらさらないし、なので父が死ぬのを待っていても俺は一生王になれないんですよ」

「ウワァ…………」


 そういう感じね……。


 つまり、長い寿命ゆえに息子に王位を譲る気のない魔王と、王位簒奪を目論む王太子(むすこ)が全力で派閥争いをしてるということなのだろう。

 アインハードは王子だけど、分断されている魔国における西側の領土では、実質魔王なのかもしれないな。どちらがホンモノの魔王か、魔族の間で争い――とまではいかずとも、対立が起こっているというのが容易に想像できるし。


(『魔国聖女』読んでるだけの時にはほぼなかった視点だな……。

 なら、アインハードと同等の力を持った真の聖女シャルロットとの結婚は、彼にとって愛する人と結ばれる以外の意味も大きかったのかもしれない)


 と、すると。


「それならなおさら、西側を留守にして大丈夫なのか? これ幸いとばかりに現魔王がお前の領土をどうにかしてしまうかもしれないじゃないか」

「問題ありませんよ。対立しているとはいえ別に戦争しているわけではありませんし、一応俺は外憂ルネ=クロシュの偵察任務に来ているわけですからね。魔王もここの『聖女』は気にしていますし、その任務を遂行中の俺の不在に乗じてどうこう、というのはないでしょう」

「……たしかに、そんなことして、敵国に出てるお前と『聖女』に手を組まれちゃまずいもんな」


 そう言うと、アインハードは我が意を得たりという顔をした。「そういうことです」


「それに父は魔王らしく世界征服の野望を持っていますからね。どちらかというと他国とは協調路線でいきたい俺としては、……邪魔なんですよね。父が」

「ヒエェ…………」


 魔族の親子関係、ドライがすぎないか。


「――だから、魔族であろうと、お互いに利があれば手を組んでくれそうなあなたに女王になってほしいんです。そして無事あなたが即位したのち、よりいい条件で西魔国と同盟を組んでもらうため、俺はあなたになるべく恩を売る」

「いやだお前ほんと怖い……」


 西魔国とか言っちゃってるよ。もう父親に従う気0じゃん。


「だって、『ただあなたを守りたい』ってだけじゃあ、俺があなたを守る理由として足らないんでしょう?」

「当たり前だが?? ……悪いけど、そもそもお前、言動が胡散臭いんだよ。今お前が話したことだって、俺を懐柔するための出まかせじゃない証拠はないだろ?」


 ジトッとした目を向ければ、アインハードは芝居がかった仕草で肩を竦めた。



「……そんなに言うなら、契約魔術でも交わしておきましょうか」



「え?」

「――【誓いを此処にフェアトラーク】」

「ちょ」


 止める暇もなかった。


 なんだかどこか自棄になっていそうなアインハードが契約魔術を起動させると、見る間に空中に黒の文字が浮かび上がっていき、文字列を、文章を形成していく。

 この文字列は、契約魔術における、誓い――つまり契約の条項を示した文章だ。


 それに、契約魔術にはいくつか種類があるが、黒の文字列ということは――。



「おい待て、これ、従属の契約だろ⁉ 何を考えてるんだお前は!」



 従属の契約。

 主に対して絶対の忠誠を誓い、その意思表示に拘束力を持たせる魔術。


 諾成契約じゃない。あくまで従属側が勝手に誓うシステムなのに、合意がなければ破棄はできず、しかも契約に違反したら従属側がもれなく死ぬというクソブラック契約だ。ちなみに、主側が脅して魔術を使わせるのがの使い方である。



「――『この私、アインハードは、この契約が主ディアナと合意の上破棄されるまでの間、主ディアナの忠実な僕として主を守り、

 主と、主の家族である、ルネ=クロシュ王国の王族には攻撃をしないと誓う』」


「ちょぉ――ッ⁉」



 俺の言葉を完全に黙殺し、誓いの文章を読み上げたアインハードは、そのまま契約の徴とばかりに文字列に魔力を流し込んだ。

 刹那――ぶわっ、と黒と金色の光が弾け、文字列が俺とアインハードの胸の中に流し込まれていく。


「ふう」光が完全に消え、アインハードはどこか満足げに笑った。「これでよし」



(よし じゃ ねええええええええ~~~~!!!!!)



 やめろ~~~~! 勝手に忠誠を誓うな!

 なんで俺が魔国太子の主になってんだよ! 意味がわからなすぎて怖いよ!


「なんなんだ本当に! バカ、お前ほんとバカ、従属の契約なんだぞ⁉ もし契約を破って俺に攻撃したら、お前下手したら反動で死ぬんだぞ⁉ わかってるのか⁉」

「なんであなたが慌ててるんです。あなたに不利益がないんだからいいじゃないですか」


 いいじゃないですかじゃないよ! 頭おかしいのかこいつ!


「ないから怖いんだよ! タダより高いものはないって言うだろ!」

「あなたに信じてもらいたかったから。これは、そのための対価です」

「はあああ!?」

「あなたの信頼が得られるなら、あなたへの従属くらい安いものです」


 スンッとした顔でアインハードが言う。


(わかんねえ~~~~! 俺にはお前の情緒がわかんねえよ~~~~~~!!)


 マジで何が目的なんだよ! 怖すぎるよ!

 飄々としたアインハードの態度に、俺は混乱を極めながらもさらに言い募ろうとして、



「商人の方々が到着なさいました。……姫様? よろしいですか?」



「―――ええ、もちろんよ、入っていただいて」


 ヒルデガルドの声がしたので、すぐに姿勢を正して微笑を浮かべた。

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