26 魔国太子の目的

「それはそうだろう。俺と、主にお前の魔力に寄ってきたんだから。偶然というよりは、必然だ」

「そういう意味ではありません。そもそも、俺は魔族の王子。魔物は確かに魔力に惹かれる性質はありますが、俺には寄ってきません。魔物は俺を恐れるからです」

「なら、俺の魔力に引き寄せられて……? いや、それはなんとなく変だな。俺は確かに人より魔力が多いが、王族としては平均値だ」


 防衛戦線が混乱するほどの大群を呼び寄せるとは思えない。

 となると――。


(偶然ではなく、って、そういうことか)


 あのゼーゲマンバの襲撃は、人為的に引き起こされた現象だった。

 ……そういえばあの時アインハードが、「甘い臭いがする」とかなんとか言って、顔を顰めていたような気がする。ということは、


「お前の言ってた『甘い臭い』とやらが、魔物を誘き寄せたということか」

「ええ、恐らく。それも、俺が不快な臭いと感じたので、蛇の魔物のみを惹きつけるものです。

……そして、あれほどきつい臭いなのに、あなたが気づかなかったということは、魔族や魔物という、闇の神の子どもたちにしかわからないものなんでしょう」


 つまり、魔族や魔物、闇の眷属たちにのみ認識できる匂いであり、かつ、その魔物たちのうち、ゼーゲマンバやそれに似た種の魔物のみ、魅力的だと感じる匂いだったというわけだ。


「なるほど……。たしかにそうなると、あれが狙って引き起こされたものだった可能性は高いな」

「ええ」

「けど、そんなものをいつ、身につけさせられて……香水に混ぜ物がされてたのか? 

 いや、出発時にはお前は何も言わなかったな。だとすると――」



 ――確か、シュルツハルト領主に手を握られた。

 両手でしっかりと握手をしたのだ。



「あの時か……!」


 くそ、と歯を食いしばる。


 領主に臭いをつけられたのだとすれば、領主本人が騎士団長に案内を任せてさっさと城に帰ったのも納得だ。関塞越しにすら魔物を誘き寄せる臭いだ、臭いを擦り付けた己も危なそうだから、なるべく離れたところに逃げたいと思うのは自然だ。


 騎士団長や騎士たちは何も知らないだろう。あの人はどちらかと言うと俺を戦場から遠ざけようとしていた。


(つうか、そういうことはお前もとっとと言えよなアインハード……!)


 ――いや、言えなかったのか。

 言ったら、芋づる式に正体がバレるから。


「とはいえ、ゼーゲマンバを誘ったのも、妙といえば妙なのですよ」

「というと?」

「あの群れのボスはなかなかの強さでしたが、子分はそうでもない。確かに、鋭く長い牙ですから、首や心臓を噛まれれば死にますが、そうでなければ死ににくい。牙の毒は、猛毒とはいえ即死毒ではないので」

「……確かに、あの乱戦ぶりだったのに、死者は少なかったって聞いたな」


 ええ、とアインハードが頷く。

 言われてみれば、確かに妙ではある。別にゼーゲマンバじゃなくても、攻撃が当たったら即ち死! というような魔物を誘き寄せればよかったんだもんな。


(キャロルナ公爵は俺を殺したいのか殺したくないのか、どっちなんだよ)


 夜会での襲撃も妙だったし、蛇の件も妙だ。中途半端で、よくわからない。

 いよいよ混乱してきて、俺はがっくりと項垂れた。 


「……はあ。それにしても、こんな大事なことを相談できる相手が、お前しかいないとはな。情けない……」

「何度も言っていますね、それ。きちんと護衛騎士の仕事をするし、あなたの不利益になるようなことはしないと言っているでしょう」

「そうは言ってもお前は魔国の太子だ。何度考えても俺を守る利点が思いつかない」

「じゃあはっきり言いましょう。あなたをお守りできること自体が、俺の利益です」

「寝言は寝てから言うもんだ」


 そう断じれば、ハァ、とアインハードがわざとらしく大きな溜息をついてみせた。

 な、なんだよ……。



「……わかりましたよ。じゃあこう言えば満足ですか? 俺はあなたを女王にして差し上げたい。

 そしてその暁には――同盟を組み、俺が魔王を殺すのに協力してほしいんです」

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