25 人為的
*
「では姫様、装飾品を扱う商人を待たせておりますので、お呼びしてまいります。少々お待ちくださいまし」
「ええ、ありがとう、ヒルデガルド」
――面会ののち自室に帰ると、慌ただしい食事のあと、今度は外殿の謁見の間へ行けと促された。
そういえば、午後は成人の儀の日につける装飾品の品定めがあるから、とかなんとか言ってたな、と思いながら、大人しく王女用の謁見の間で人を待つ。
客室に比べて広い謁見の間だが、夜会の暗殺騒動後、側近をヒルデガルドとアインハードに限っている俺なので、側仕えの彼女が出て行けば、自然とその広い空間にアインハードと二人きりになる。
最近はすっかりアインハードと共にいることに慣れてしまったが、よく考えれば普通におかしいんだよな、この状況。何を間違ってこうなったんだろうか。
「……なあ、さっきのディーデリヒの話、どう思う?」
「どう、とは? ようやく義妹(いもうと)君の面倒臭さに気付かれましたか?」
「は? 何だ、いきなり。キャロルナ公爵の行動についてだよ。どうして政敵のはずの公爵が、陛下の見舞いにせっせと通っていたのか。そして、どうしてそれを突然やめたのか。ディーデリヒは彼を警戒した宰相が阻んだと言っていたけど、本当だと思うか?」
「ああ、その話ですか……」
何の話だと思ったんだよ、逆に。
ふむ、と、アインハードが片目を瞑った。
「もしや殿下は、陛下のご不調が、公爵が見舞いの度にせっせと毒を盛っていたからだとお考えなのですか?」
「可能性はあると思わないか? 宰相に気付かれないよう、すぐに殺すのではなくじりじりと弱らせていたが、宰相に感づかれ、遠のけられた……」
「まあ、ないわけではなさそうですね。宰相閣下も聡い方ですが、王弟閣下も海千山千だ。彼なら長らく誰にもバレずに毒を盛り続けた……っていうのも可能そうですが」
「その言い方だと、お前は違う意見なのか?」
そう問えば、そうですね、と呟いてアインハードが顎に手をやった。
「陛下は病床に臥せって、もう十五年ほどになるのでしょう? いくらじわじわ殺したいからって、十五年もかけますか? リスクが高すぎるように思います」
「それは確かに、そうだけど……。なら、兄、アーダルベルトの死に関してはどうだ? お前もおかしいと思っていたみたいだったろ? やっぱり、何者かが持ち込んだヴェスペヒフの毒で死んだんじゃないかと思うか?」
あの薔薇園に毒を持つ蜂はいなかった。
となると、アーダルベルトの死は、事故ではなく殺人であった可能性が高い。
「正直、アーダルベルト様の死に関しては、事故死は疑わしいですからね。ヴェスペヒフを持ち出せた、あるいは持ち出すように命令できたのがキャロルナ公爵くらいしかいないのだとしたら、あなたの兄君を暗殺したのは彼だろうと俺も思います」
「だったら、やっぱり陛下にも毒を盛っているんじゃないか? ……それとも、本当にただの病気なのか……?」
わからない。
父らしいことも、王らしいことも、何もしてくれなかった彼のことを、俺は今まで半ば放置していた。少なくとも、愛すべき家族だと感じたことはなかった。
……否、もっと言えば、『いずれ死ぬキャラクター』だからと、本気で彼に向き合ってこなかった。他人――いや、もっといえば、一人の人間と言うより、『物語に出てきた登場人物(モブ)』としか認識していなかったのだ。
だから今、父の状態について何もわからず、頭を悩ませている――。
「今、陛下にお会いするのは、殿下であっても止められているのですよね?」
「ああ」
「なら、お会いして病気か否かを確かめることはできません。以前お会いした時は。どのような様子だったんです?」
「そう、だな。陛下は……」
数か月前、最後に会った父王の様子を思い出す。ここ数年寝台から起き出しているところを見たことはなく、最後に会った時は――、
「もう、ろくに話すこともできなくなっておられた。舌は無理でも顔は動かせるみたいだったな。目だけがぎょろッとこちらを見て、それが不気味で……」
「相当衰弱しておられたのですね。なら、ここ数か月面会謝絶というのも理解できる」
「そう、だよな」
(……じゃあ、本当に病気だったのかな)
だが、キャロルナ公爵はアーダルベルトを殺している。少なくともその可能性が高い。
しかし、国王を殺さずに、王太子だけ暗殺するだろうか?
――兄はいずれ死ぬから、という理由で殺さずに見逃したからだとして、宰相の監視を受けながら、頻繁に見舞う意味はなんだ?
「ただまあ、陛下のことはわかりませんが……、シュルツハルト領の領主は、あなたに害意があるようでしたからね。
それを思うと、彼の主であるキャロルナ公爵がさらに疑わしくなってくる」
「え? シュルツハルト辺境伯が俺を? どうしてそんなことがわかる?」
目を見開くと、「やはりお気づきではなかったか」とアインハードが眉根を寄せた。
「あの時、シュルツハルト領でゼーゲマンバの集団が大群で襲ってきたこと。
あれは、偶然じゃなかったんですよ」
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