24 元公女の現在

 思わず紅茶を吹き出しそうになった。


「……ゴホッ、うん、ええと……理由を聞かせていただける? 王女との婚約を破棄するということは、あなたの経歴には相当傷がついてしまうわよ」


(もうマジで勘弁してくれよ……ここに来てまた破滅フラグってさあ……)


 もうお腹いっぱいである。


 原作と違ってシャルロットはこいつに思いを寄せている様子はないが、それでも、破滅フラグは破滅フラグだ。原作でルネ=クロシュ滅亡の戦犯三銃士を作ったとしたら、筆頭のディアナに続いてお前が次席なんだからなディーデリヒ。


 アイ×シャル推し――なんかそのあたりの雲行きも怪しくなってきた気がしたが――の俺としては、婚約破棄自体はむしろ歓迎したい。


 だが少なくとも婚約破棄は、シャルロットの方から望んでもらわなくてはならない。


「シャルロットのことが気に入らないの? あの子は姉の目から見ても、容姿、教養、全てにおいて完璧な子だと思うのけれど。……それとも彼女に流れる血が問題?」


「いいえ」クソバカ婚約者はクソバカ婚約者のくせに、シャルロットの出自をにおわせても、意外とすぐに首を振った。「私はシャルロット様のことを好いています。……今回のお話に、彼女に流れる血は関係ありません」


(フーン、わかってんじゃんか、こいつ。原作では『卑しい平民の血』がどうのっつってた気がするけど、あれは、ディアナに洗脳されてたからだったのかも)


 だとすれば何故、シャルロットの婚約破棄しようなどと思ったのだろうか。


「シャルロット様が好きだからこそ、彼女の気持ちが私に向いていないことが辛い。ですから、今回、婚約をなかったことにしていただこうとここに来たのです」

「そんなに焦らずとも、気持ちは後から伴ってくるのではないかしら?」



 すると、なぜか唐突にディーデリヒの目が点になった。「……本気でおっしゃっておられるのですか?」

 本気も本気だが?「……政略結婚とは、そういうものじゃない?」



「……シャルロット様は心に決めたお一人に、愛を注いでおられます。初めは、いつか私がその愛を向けてもらえるようになるのだと思っておりましたが、諦めました」

「え。シャルロットに好きな人が……?」

「何故そこで私を見るのです」


 冷ややかに言うアインハード。

 え、だってお前以外にいないじゃん。


 ……いやあ、それにしても、わりと険悪な感じだったのに驚きだ。やっぱシャルロットも、本心ではアインハードのことが気になってたんだな。


「あの子に好きな人がねぇ……。感慨深いわ。全然、気がつかなかった」

「本気でおっしゃっておられるのですか……? なんて惨い。悪魔のような方だ……」

「わたし、今、あなたにそこまで言われるほどのことを申し上げたかしら???」


 なんなんだ、一体。義妹の初恋に気付かなかったことがそんなに重い罪なのか?


「……スターニオ殿。この方は、ずっとこうなのか?」

「ずっとこうです」

「あまりにも酷い。少しはご助言など、して差し上げないのか?」

「私にとってはこのままでいてくださった方が好都合なので」

「ああ……なるほどな……シャルロット様も敵が多いというか……」


 遠い目になるディーデリヒ。

 ねえ、二人だけで会話を成立させるのやめてくんない?


「……とりあえず、考えておきましょう。二人の婚約は陛下が認めたものです。今すぐに、わたしがどうにかできるものではありません」

「承知しております。ですが、彼女のためにも、どうかお願いいたします」


 ディーデリヒが頭を下げる。……アホな男だと思い込んでいたが、ディアナが洗脳したりさえしなければ、原作の彼も普通に善良な男だったのかもしれない。


「……そうだ、ディーデリヒ。少し聞きたいのだけどいいかしら。答えにくいことだったら、口を噤んで構わないから」

「かしこまりました、私に答えられることならなんでも」

「助かるわ。……ディーデリヒ、あなたの御父上が陛下をよくお見舞いにいらしていたというのは本当なの? わたしはそれを知らなかったのだけれど、最近はお見舞いにいらっしゃらなくなったと耳にして」

「本当ですよ。それに、最近は陛下の元へ行かれないというのも本当です」


 至極あっさりとディーデリヒは答える。

 やましいことなど何もないという態度だった。


「それはどうして、なのかしら……? 陛下のご体調を気遣ってのこと?」

「それもあるでしょうが……。その、宰相閣下がいい顔をなさらないのだと思います。父を警戒なさっているのでしょう」


 気まずそうに言うディーデリヒだが、俺は内心で何度も頷いていた。

 そうか、なるほどな。放っておいても死ぬだろうと判断して見舞いをやめたのではなく、宰相が公爵を遠ざけた可能性か。確かにそれはありそうだ。


「それから、これは知っていたらでいいのだけれど。先日、シャルロットは少し離れた領地にいるエウラリア様を訪ねたはずなのに、すぐに戻ってきてしまったの。普通、話をするなら、数日は帰らないような場所です。どうしてその日のうちにとんぼ返りしたのか、気になって……。何か知っている?

 本人に聞ければいいのだけれど、わたしたち先日、少し派手な喧嘩をしてしまったから、聞きにくいのよ」

「……ああ、だから、以前会った彼女はあんなに窶れて……」

「え?」

「いえ、こちらの話です。ええと、エウラリア様を訪問した、ですか……。そのことは知らなかったのですが、ある程度の事情なら推測できます」


 お、と思った。腐っても公爵子息、情報には敏いようだ。「――というと?」


「どうやら、エウラリア様は長らく、修道院に引きこもってしまっているらしいのです。最低限の人間しかそばに寄らせず、自分の下を訪れた客とも会話をしないとか」

「え……?」

「シャルロット様は以前から、あなたと仲が良かったというアーダルベルト殿下のことを知りたい、とおっしゃっていました。恐らくエウラリア様を訪ねたのは故王子殿下について聞くためだったのでしょうが、会えなかったのでしょうね」


 だからすぐに王宮に戻ってきたのだろう、と、彼はそう言う。

 しかし、エウラリアが引きこもりだって? 

 そんなこと、宰相からは聞いていないが。


(アーダルベルトが死んだから、思い詰めて……? だが、もう十年も前のことだし、最後に会った時は、そこまで深刻そうには見えなかったけどな)


 それとも、新しく何か問題があったのだろうか?

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