23 キャロルナ公子の訪問





「姫様、本日の主な予定ですが、午後に成人の儀でお召しになる御衣装に合わせた装飾品選びと、儀式の次第の確認が入っております。

 ……姫様? 聞いておられますか?」

「え……ええ、聞いています。続けて」


 眉を顰めたヒルデガルドが責めるように俺を見たので、慌てて続きを促した。上の空だったのは事実なので、改めて姿勢を正して長い付き合いの侍女長の言葉に耳を傾ける。


(でも、そうか。……もうそろそろ成人式か)



 シュルツハルト領への視察、アインハード、そしてシャルロットとの諍い、キャロルナ公爵との対峙。

 ――色々なことが一気にやってきたあの怒濤の一日から、もうそろそろ一月が経つ。


 シャルロットとは公務以外でほとんど言葉を交わしていない。それどころか、ここ数日は顔すら見ていなかった。

 それもこれも顔を見れば気まずくなった俺が、思わず逃げてしまうからなのだが――向こうもそれを止めようとする素振りは見せない。きっとシャルロットの方も気まずいんだろう。


(やっぱりシャルロットが俺に、悪意を持っていたとは思えないんだよな……)


 あの子のしていることを考えれば、悪意がある以外になんなのだという話になるのだが――シャルロットが俺を慕ってくれているのは、演技だとは思えなかった。だから聖女の件も、何か理由があったのかもしれない。


(だからといって、もう水に流すよ元通り! って訳にはいかないからなあ……)


 ほとぼりが冷めるのを待つ時間。それくらいは必要だろう。


「それから、キャロルナ公爵子息が面会を申し込んでこられているのでご対応を」

「……キャロルナ公子が?」


 自然と先日の対峙のことを思い出して苦い気分になる。……が、ディーデリヒが俺に何の用だろう? 原作と違って、俺と奴に大した接点はない。


 というか奴は、自分の父親がしたことについて知っているのだろうか。まあ、キャロルナ公爵の様子からして、能天気な息子に「私は王女に疑われている」などということを素直に報告しているようには思えないけれども。


「なんのご用事なのかしら?」

「何やら、シャルロット姫様に関して、御相談事があるようですよ。時間が空いた時でよいとのことでしたので、今日の午前にお呼び出ししてしまえばと思うのですが、いかがでしょうか? 午前中には予定が何も入っておりませんので」

「別に構わないけれど……」


 なんなんだろうな、相談って。いい予感はしないけど。


「ただ、よいですか姫様。義妹君の婚約者とはいえ、あまり親しみを持ちすぎてはなりませんよ。お互いに未婚なのですから、親しく言葉を交わせば邪推する者もおりましょう」

「ええ、そうね。わかっています」

「イーノ、よくよくお二人を見ているように。わかりましたね?」

「かしこまりました」


 アインハードが恭しく頭を下げる。

 ――まったく、自ら監視している仮想敵国の王子が、一番まともに守ってくれそうだなんて。本当に、自分の立場の弱さが嫌になる。




  *




 アインハードは正体が見破られたのちも、何故だか知らないが、俺の護衛騎士をやめてトンズラする、なんてことはしなかった。

 

 その理由はわからなかったが、正直、ありがたくはあった。

 存在そのものは確かに危険ではあるが、差し当たっては俺のことを害するつもりはないらしいアインハードは、たとえ魔族であっても、今の俺にとっては貴重な人材だ。


 とはいえ、情報収集をするわけでもないのに、こいつ、ここに留まっていていいのか? とは普通に思う。



「……なあ、イーノ。オプスターニスに帰らなくていいのか? お前、一応魔国の太子だろ」



 なので、二人になるタイミングを見計らって、聞いてみることにした。

 ディーデリヒが待つ客室へ向かう途中だが、周囲に人がいないことは確認済みだ。


「自分の国を放置して、他国の王女の護衛なんてしている場合じゃないんじゃないのか? 俺に正体がバレた以上、王女の護衛騎士のままでいる利点はお前にないだろ」

「ご心配なく。あなたの護衛をしていて得られる利益はちゃんとありますし、きちんとお守りいたしますよ。ああ、別に危ないことも企んでいません」

「どうだか……」


 とはいえ、一番マシな護衛がこいつである時点で、俺はとやかく言えるような立場にはない。多少の不審さは呑み込むしかなく、俺は溜息をつくだけに留めた。


「――お待たせいたしました、キャロルナ公子。お久しぶりですね」

「王太女殿下、ご機嫌麗しゅう。成人の儀が近い中、お忙しいでしょうにお時間をいただきまして……ありがとうございます」


 客室で待っていたディーデリヒと挨拶を交わすと、彼の前のソファに腰掛ける。アインハードは当然のように俺の後ろに控え、「私は忠実な騎士です」みたいな顔をしてピシッと背筋を伸ばしている。……うん、慣れたね、お前も……。


 俺は意識していつもの笑顔を作り、供された紅茶の入ったカップを手にした。


「大丈夫よ。どうかお気になさらず。なんといっても未来の義弟のためですし――」

「そのことなのですが」

「ん?」



「大変、不躾なこととは存じますが。シャルロット様との婚約を、白紙に戻していただきたいのです……!」

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