22 無力

 すると。

 キャロルナ公爵の表情が、ほんの僅かの間だが、確かに固くなった。


「故アーダルベルト殿下を……殺した、ですか。確か、殿下の死因は雀蜂の毒であったはず。なぜ魔物が関係すると?」

「わたしの護衛騎士が言ったのです。あの薔薇園には雀蜂は生息していないはずだし、たとえたまたまいたのだとしても、一回刺されただけで中毒死というのはいささか不可解ではないかと。蜂に刺されたのが確かだとすれば、魔物の蜂の毒で亡くなった可能性があるのでは、と」


 蜂によく似た刺し痕を残す魔物を、ヴェスペヒフ、というらしい。

 ――確か、魔国東部の密林に生息しており、シュルツハルトの砦でも魔毒の研究のために育てていたはずだ。


「わたしたち家族はどうやら、魔物の毒に縁が深いようです。あの夜会でわたしを殺そうとした男も、魔物の毒で自害を図ったそうで」

「……ほう?」

「魔毒なんてそう簡単に手に入るものではないはずですのに、不思議な縁でしょう? あまりいい縁とは言えないですが」


 揺さぶりの、つもりだった。海千山千のこの男に、通じているかはわからないが。


 本当は、こんなところでこんなことを言うつもりはなかった。……けれど、精神状態が不安定なのもあってか、どうしても確かめなければ気が済まなくなってしまったのだ。


 ――誰を信じていいのかわからないのなら、敵くらいは明確にしておきたかったのだ。


「話は変わりますが、閣下。閣下も、陛下のお見舞いにはよく行かれていたとお聞きしました。ですが最近は行かれていないとか。それは、なぜでしょう?」


 父の長い不調に関しても、長年疑問が拭えなかった。

 原因不明の病だと医者はずっと言い続けていたが、いくらなんでも二十年近くも床に伏して苦しみ続けるなんておかしくないだろうか。


 ――誰かが、生かさず殺さず、父に毒を盛っていたのだとしたら?


 病名が特定できないのも、医学が未発達なだけかとも思っていたが……王都では研究がほとんど進んでいない魔物の毒が盛られていたのだとしたらどうか。

 誰にも、気づかれないのではないか?


「そう言えば、魔毒の研究がさかんなシュルツハルト領の領主は、閣下の支持者でしたね。閣下も、毒に縁があられるのかも」

「……」


(それに原作だと、王が亡くなるのは今年の冬。だとしたら、キャロルナ公爵が、父のもとを訪れなくなったのは)



 そろそろ殺そうと決めた。

 あるいは、もう、放っておいても死ぬ状態にさせた。

 ――だからなのではないのかと。



(王を殺せば、あとは俺だけだ。この国では王位に就けるのは月の女神の血族だけ。のちに控えた俺がいるから、王は慎重に殺す必要があるが、王の後に残った俺を殺す時は別に徹底して慎重を期す必要はない。多少疑いがあっても、王に就けるのが公爵しかいないなら、皆黙るしかない。聖女は死んだら厄災があるが、結局、そう間に置かず新しく生まれるからな、たいしたことはないと考える貴族はいることも事実だ。

 ……あんたもそういう考えの貴族なんだろう?

 実際あんたは、一人でバルコニーに出た俺に気づいておきながら、注意を払う素振りもみせなかった……あの時の笑みだって……)


 つまり、お前が兄を殺し、父に毒を盛り、そして俺を殺そうとした黒幕なんだろう?

 笑顔の裏でそう問えば――ふ、と。

 キャロルナ公爵は、嗤った。


 そして。



「兄(こくおう)に似て頭の悪い娘だと思っていたが、なるほど、これまでとはな」



「……⁉」


 凍てついた声に、身体が強張った。

 咄嗟に護衛のところまで下がろうとして、今は一人であるということを思い出す。


 ――まるで一瞬のうちに摂氏で十度も二十度も気温が下がったかのようだった。

 それ程までに明確な軽蔑の念が、その一言には含まれていた。


「ディアナ。今の話――お前の『含むところ』についてだがな。お前はなにやら私を疑っているようだが……何か、証でもあるのかね?」


 俺はただの王女ではなく、王太女だ。ゆえに誰かに聞かれれば、明らかに不敬と取られる態度だったが、キャロルナ公爵はその場の何をも恐れる様子はなかった。


 冗談じゃない。……これがあの頭の軽そうな公子の父親だと?


「こ……公爵閣下、叔父上様。わたしは、ただ、あなたから話を聞きたいだけなのです。一連の件、証拠があればあなたを断罪しなければいけませんが、ないからこそ伺える話もあるかと思って、」

「ここで王太女の身分を振りかざさないだけまだ兄――国王よりはマシか。あれは都合が悪くなると身分にものを言わせようとすることが多かったからな」

「!」

「……が、証がないならやはり話にならない。私を追い詰めたいというのなら、そうでなくても真面に話を聞いて欲しいなら、それなりの材料を持ってくることだ」


 彼は片頬で笑うと、白い外套を翻し、俺の横をさっさと通り過ぎていった。


 取り残された俺は、キャロルナ公爵が去っていった、誰もいない広い廊下でしばし立ち尽くす。


お前は敵かと聞いたのに、真面に取り合ってすらもらえなかった。

 ……それだけ、俺は、彼にとって取るに足らない、弱い存在だということだ。


「くそっ……!」


 なんて、惨めなのだろう。

 そしてそれが紛れもない事実であるということが、この上なく心に痛かった。

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