19 三日月の確認

 問われた内容に、完全に虚を衝かれた俺は、ぽかんと口を開けた。 

 指輪。

 その意匠について、聞いたのか? 

 

(なんでいきなり、そんなことを)

︎ ︎ ︎

  ︎……意味が分からない。

 俺は先程も見下ろした自分の金の指輪を見つめると、「……いいや」と首を振った。



「貴族は家紋を刻むが、王族は一人一人に相応しいモチーフが当時の王から与えられるから、それが刻まれる。

 俺が王……父から賜ったのは、三日月だ」



 恐らく満月を示す円より、三日月の方が月とわかりやすいから、父王は俺にこのモチーフを与えたのだろう。要は親馬鹿だが――今にしてみれば欠けている月とは、なんとも皮肉がきいている。


 気になるなら実際に見てみろ、と促せば、アインハードはどこかおずおずと。俺の指輪を矯めつ眇めつする。――そして小さく、「本当だ」と呟いた。


 顔を上げたアインハードからは、すっかり毒気が抜けていた。

 再び、ぽかんとする。

 ……え、本当にこんなことが「確認したいこと」だったのか?


「……ありがとうございました。確認したいことは、もう確認できました」

「そうか……? こっちは未だ何もかもが意味不明なんだけどな。お前も、俺が聖女を騙っている事情を聞かないのか?」

「気にならないわけではありませんが、別に強いて聞き出したいことでもないので」

(はあ? じゃあ、今までの問答、なんだったんだよ!)


 もう俺はお前がわからないよアインハード……。


 俺はかぶりを振って、


「――俺に暗殺者を嗾ける自作自演をしてまで、確認したかったことが指輪の意匠とはな。別に、指輪のデザインくらい聞かれれば答えたぞ、普通に」

「……暗殺者を嗾ける? 何の話です。夜会のあれは、俺の仕業ではありませんよ」

「えっ?」

「まあ、王族に近づけるかと思ってあなたを助けたのは事実ですが」


 違ったのか……。

 魔物の毒を飲んで死んだと聞いたから、絶対決まりだと思ってたのに。


「――ちなみに、魔国の者の仕業という可能性は?」

「有り得ませんね。ちまちま王女の暗殺を企むくらいなら、魔族は正面から攻めますよ」

「お前はちまちま間諜の真似事なんかしてるみたいだが?」

「俺は王族ですが、混血なので。それに、王国の情報を収集したかったのは事実ですが、あくまで俺の第一目的は、あの指輪の持ち主を知ることでしたから。……俺がわざわざ護衛騎士になって、殿下のそばにいたのも、どちらがあの指輪の持ち主なのかを確かめたかったからで……」


 ぶつぶつ言ってるアインハード。

 よくわからないが、とりあえずは俺を断罪する気はないって解釈で大丈夫な感じ? さっきそんなことを言っていたような気もしたが、いまいち信用ならない。

 

「……お前の言う『あの指輪』とやらがなんなのかは知らないが、どうしてそんなに持ち主を知りたかったんだよ」


 するとアインハードがぴたりと動きを止め、こちらを見た。


「……わかりませんか?」

「わかるわけないだろ」

「そう、ですか」


 アインハードが僅かに眉を曇らせる。

 途端、老若男女を魅了する妖艶な美貌が儚さを帯びて、俺は盛大に困ってしまう。え、何、その哀れみを誘う表情……。


 あわてた俺は話題を変えるべく、視線をうろつかせる。

 あー、えっと、そういえばさっき、さらっと大事なことを喋っていたような。


「――そうだ。お前、さっき自分を混血って言ってたよな。純血の魔族じゃなかったのか? 現魔王の第一子なんだろう?」

「ご存知なかったですか? 俺の母はこの国の人間です。顔を見たことはないですが」

(ご存知ない! なんだそれ、聞いたことないぞ!)


 ……いや。よく考えれば、それで頷ける点もある。

 王国では有名な催しとはいえ、情報収集の手腕では人間の国に後れを取る魔国が、統一大会の内情を知っているとは考えにくい。であるのに、アインハードは平民が唯一、手っ取り早く騎士になる方法が統一大会の優勝だと知っていた。


 ――しかし、じゃあ、あの暗殺者は、一体誰がなんのために? 

 魔物の毒なんて、そうそう手に入れられるものじゃないだろうに。


 ここで新たに容疑者の洗い出しが必要になりそうだなんて。

 頭が痛いことこの上ない。


「はっ。……敵が多すぎて、もう笑うしかないな、これは」

「……俺の言うことを信じるのですか? ここまで侵入してきた魔族の王子のことを?」

「ここまで来て嘘を言う理由がないだろ。そもそも、お前は俺の護衛騎士になれた時点で、王と俺と義妹を殺し、この国を乗っ取ることは容易かったはずだ。唯一お前の相手になりそうなうちの義妹(シャルロット)ーー真の聖女は、今、攻撃魔術が上手く使えないわけだしな」


 それをしなかったということは、今のところ、表だって敵対するつもりはないということだ。 


「なるほど。……しかし、第二殿下が攻撃魔術を使えない、ですか。そんなふうにはあまり見えませんでしたが……」


「――とにかくだ」怪訝そうに首をひねったアインハードの言葉を遮って、俺は言う。「俺たちを殺さなかった時点で、お前は即座に敵と見做すべき存在じゃない、と俺は考える。だからお前の真の目的がただの酔狂という主張も、とりあえずは信じる」

「……指輪の持ち主を知りたかったのは、酔狂なんかじゃ――」


 ムッとした様子で口を開いたアインハードが、反駁しようとして、



「お義姉様、失礼いたしますっ! 何やら大きな音がした……と……」

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