15 惑う
その刹那。
振り下ろした俺の剣から、銀の閃光が駆け抜け――三匹とは言わず、近くにいた蛇たちを、まるごと焼き飛ばした。
「…………はえ?」
意図せずマヌケな声が出た。
え、待て。何が起きたんだ今。
光に反応してこちらを窺っていた蛇は、少なくとも十数匹はいたはずだ。
それを……え? 今の、マジで俺がやったのか?
(え……もしかして俺って、そこそこ強い……?)
近衛部隊では実戦なんてやらせて貰えなかったから(当然である)、自分の実力なんてわからなかったけど。
まさか……俺ってまあまあやれる感じ?
「なんと! 素晴らしいです、王女殿下!」
「まさか殿下がこれほどお強いとは……! 神子様をただ守るべき存在だとして侮っていた我々をお許しください!」
口々にお褒めの言葉を受け、なんだか照れ臭くなる。「い、いやあ、そんな……」
魔力操作は人より得意な自負があったから、自分もやれるかもという根拠のない自信があったのだが、的中してよかった。
もてはやされて恐縮していると、さっき盛大に侮ってくれた騎士団長も「ディアナ殿下」と、頭を下げてくれた。
「先程までの御無礼をお許しください。女性だから武官のことは退屈だろうと……か弱いお人なのだからと、軽々しく断定してしまいました」
「いえいえ、別にそんな……」
気にしなくて大丈夫です。
笑顔でそう言おうとしたその瞬間――、氷で背筋を撫でられたような、錯覚。
――殺気。
「危ないっ!」
「⁉」
何が危ないのかも、咄嗟にはわからなかった。――しかし、密林の方角から確かに感じた殺気の波動から、俺は反射的に動き、騎士団長を庇うように立った。
何かが来る、と密林に視線を投げれば、迫り来る紫の魔力の塊。
毒だ、と思った。――毒の魔術が、塊になって迫ってきている。
(まずい、避け切れない――っ)
ならばせめてダメージを最小限に、と魔力を四肢の先まで行き渡らせて身構えた――その刹那。
ドン‼
と、凄まじい音が轟き、俺の足元に突き刺さった何かが、その魔力の塊を消し飛ばした。そして間を置かず、けたたましい断末魔の悲鳴が轟く。恐らく親玉ゼーゲマンバのものだろう。
そして――親玉の死を悟ったのか、その場にいた蛇たちが一斉に密林の方へ帰っていく。
「これは……」
呆然としながら、俺はあたりを見渡す。
(アインハードもといイーノの仕業、だよな?)
案の定、足元に突き刺さっていたのは、アインハードが持っていた剣だった。
これを投げて攻撃を吹き飛ばしたのか?
なら、さっきのはやっぱり、ゼーゲマンバの攻撃魔術だったのか。……うわ、ほんとに危ないところだったんだな。
「――ご無事ですか、王太女殿下」
「イーノ」
どこか惚けた様子の騎士たちを連れて密林から出てきたアインハードが、ゆったりとした足取りでこちらに歩いてくる。……彼らが惚けているのはアインハードの戦闘を間近で見たからだろう。俺も見たかったな。
「……配下の蛇をやったのはもしや、殿下ですか?」
「ええ。わたしのことを気にしてくれない護衛騎士が密林から出てこないものだから」
「……」
アインハードの眉がピクッと動く。
……い、いや、俺は別に間違ったこと言ってないし? このくらいの嫌味は許されるよな?
「殿下、大変失礼いたしました。しかし、お怪我がなくて安心いたしました」
「それはそうね。助けてくれてありがとう」
「とんでもない。……しかし」
チラ、と、アインハードが青い顔の騎士団長を一瞥した。冷然とした眼差しに、さらに騎士団長が青ざめる。
「なぜ、庇われたのですか。身を挺してまで、彼のことを。彼が危ない状況に陥ったのは、彼自身の不注意が原因のように思われましたが」
「……あなたが言うことでもないと思いますけれど、そうね。どうしてかと言われたら」
わからない。別に、理屈じゃないのだ。
だから、ありふれた陳腐な答えではあるが、
「身体が勝手に動いたのよ。それだけ」
「……そうですか」
アインハードは一度目を伏せると、ゆっくり顔を上げた。
そして地面に突き刺さった騎士剣を抜き、鞘に収める。
「ですが、もうおやめください。あなたはこの国の王太女でいらっしゃる。……私の不手際はお詫びいたしますが、御身は大切に」
「イーノ……?」
まるで俺を気遣ったかのようなセリフに、目を瞬かせる。
アインハードは困惑しているような、何かを訝しむような、そんな表情で俺を見ていた。その、どこか不安そうな顔にこちらもやや戸惑ってしまう。
しかしそれも一瞬のことで、アインハードはすぐに騎士団長に向き直った。
「――騎士団長閣下、無事ゼーゲマンバは討伐しました。私の魔力の残滓があるので、しばらくは魔物がこの辺りに近づくことはないでしょう」
「さ、左様か……本当に、ありがとう。スターニオ殿」
「いいえ。仕事ですから」
かぶりを振ったアインハードが、俺を見る。びく、と肩を跳ねさせるが、彼は無表情のまま「殿下」と手を差し出した。
……差し出された手にはめられているのは白い手袋だが、そこには、返り血の一つすら見つけられなかった。
「帰りましょう。砦の視察はもう十分でしょう?」
「……そうね」
――やはりこの男は、正真正銘魔族の王子なのだ。
ただの人間とは格が違う。
決して心を許していい相手ではないのだ。
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