14 ゼーゲマンバの群れ

――いざ件の襲撃の場にたどり着くと、既にそこは混戦状態だった。



 防衛線は国境を越えたあたりに張っていると聞いていたので、それってがっつり国境侵犯じゃないのか、と冷や冷やしていたが、魔物がこうも入り乱れて関塞に突撃してくるなら、壁の向こう側で戦うより他ないだろう。


(多分、オプスターニス自体も思いっきり踏み込んでこなきゃ気にするつもりはないんだろうな。なんてったって、魔国はでかいし、内紛がしょっちゅう起きるから、ちょこちょこ入ってこられたからって気にする余裕がないんだ)


「何やら、先程から妙に甘い臭いがいたしますね」

「そう? わたしは何も感じないけれど」


 そういえば魔族は人間より鼻がきくんだったか。だったら、魔物の血の匂いか何かだろう。

 ……すぐそこで、威嚇姿勢を取れば人の腰くらいまでの大きさになる黒と紫の斑の蛇が騎士に襲いかかっては、騎士たちはそいつらを斬り伏せたり魔術で焼いたり凍らせたりして撃退しているからな。


 蛇たちは、騎士たちが布陣している目と鼻の先にある密林からやってきているように見える。――奥の方から感じる強烈な魔力の気配、きっとそれが上級魔獣ゼーゲマンバなのだろう。そしてこの蛇たちはゼーゲマンバの幼体、あるいは下僕たちといったところか。


「イーノ」

「……はい」


 言外にお前も行け、と告げると、アインハードは一瞬の間ののち、剣を鞘から抜いて走り出した。魔力を纏わせた剣の刀身が、赤く輝く。


 ――その気になれば群れごと奥のゼーゲマンバを吹き飛ばせるであろう魔国太子の、あえての、剣を使っての戦闘。

 端的に言えば、凄まじいの一言だった。


 小さな群れの中を駆け抜けたかと思えば、緋色の軌跡だけを残して――、

 次の瞬間、群れの蛇たちは血を撒き散らして細切れになっていた。


(目で追うだけで精一杯なんだが……??)


 アインハード、強すぎないか?


(これでもし即死の魔術まで使えるんだったら、敵になったら勝ち目ないなこりゃ)


 魔王が使うという最高位の闇の魔術――即死魔術【默せ、冥罰重き狼よラ・モルテ】は、魔力的に数段格下の相手を一瞬にして殺すものである。

 ……さっきは使うところを見たいと思ったけど、ここまでの強さを見せつけられるとそんな気もなくなってきた。


(『魔国聖女』には、真の聖女であるシャルロット、はその気になればアインハードと対等に戦える、みたいなことが書いてあったけど……)


 うちの義妹って、本気出したらあんなに強かったりすんの?  怖っ……。


 アインハードは周囲の騎士たちを置き去りに、そのまま密林の奥目指して突進していく。……俺のことを守るとか傷つけさせないとか、それらしいことを色々言っていたが、とっとと面倒事は終わらせたいのだろう。


(まあお前は俺がどうなろうと興味ないだろうしな……)


 一応騎士を数人つけられているからといって、護衛対象(オレ)のこと、完全放置だし。まあ勝手に連れてきたの俺だし、いいんですけどね……。



「――ギャアァッ!」

「まずい、抜かれた! そっちに行ったぞ!」

「おい、王女を守れ!」


(エッ⁉)



 すると、完全に気を抜いてるところに、迸る悲鳴。


 はっと顔を上げれば、十数メートル先にいた騎士たちが、まさにゼーゲマンバの配下の蛇の牙に噛み裂かれて絶命したところだった。致命傷を負わなかった騎士たちも、噛まれた患部が急激に紫色に染まっていっているのがわかる。凄まじい勢いで回る毒を持っているようだ。


 ――って、呑気に分析してる場合か!


(アインハード……は気づいてない! 完全に密林の中だ!)


 多分それなりにやり合う様子を周りに見せてから、親玉を倒すつもりなのだろう。馬鹿野郎こっちにもちったぁ注意を払え!


「殿下、下がって!」


 シャァッ! 威嚇とも鳴き声ともつかぬ鋭い音がしたかと思えば、三匹の大蛇が、俺の目の前にいる騎士二人に襲いかかってきた。


「ぐうううっ」


 若い騎士だ。修羅場に慣れていないのか、額に脂汗を浮かべて応戦している。


 ――縮こまっている場合じゃない!


 俺は弾かれたようにその場を駆け出すと、近くに転がっていた剣を拾った。恐らくこの剣の持ち主は死んだのだろう、柄まで人の血でぬるついている。


「殿下、何をっ!」

「おやめ下さい、危険です! 御身に何かあれば……!」


 自分も応戦していた騎士団長とその側近たちが焦りの声を上げるが、仕方がないだろこんな状況じゃ。その御身を守ってくれるはずの護衛騎士がパフォーマンス戦闘中なんだよ!


(これでも戦闘訓練はしてきたんだ、全く役に立たないなんてことはないはず……!)


 先程アインハードがそうしたように、魔力を剣に込める。

 ……俺も、魔力操作だけはシャルロットを上回る評価を得ているのだ。どのくらい込めればよく斬れる刃になるのか、自然と塩梅がわかる。


 やがて、刀身が銀色に光り輝く。

 光に反応して、まず、三匹の蛇が意識を俺に向けた。

 そうだ、こっちだ、来い。お前らの好きな魔力の多い人間がここにいるぞ。


 冴え冴えとした月光そのもののようになった剣を構え。

 俺はじりじりと近寄ってくる大蛇たちに、一気呵成に斬りかかった。

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